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帝国の終章は異世界で  作者: リュウジン
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第十話 異世界の洗礼(上)

前回のあらすじ

杉原にマイエルがこの世界の事を説明している所で、エルサが杉原達を使って船を借りよう(強制)とするが運良く?その前に何者かが乱入する。

第十話 異世界の洗礼(上)


乾いた破壊音と共に扉が破壊され、有沢は舌打ちしながらすぐに杉原を後ろに庇い銃を構えるとそこには剣と金属鎧で武装した二人の獣人族の男が立っていた。


まだ、この二人がマイエルの叫び声を聞いてエルサを止めに来た衛兵という可能性があるので、有沢はすぐに撃たずに引き金へ指をかけてエルサと扉の二人の動向に注意するが。


「宰相閣下の命であるっ!エルサ・ベールヴァルド覚悟!!」


「なっ!?」


と扉にいた片方の男が宣言すると同時に有沢達を跳躍して飛び越えていき、エルサと対峙していた高島の前に着地すると、そのままエルサに剣を向け突進する。


エルサも双剣を構えたそこに二人が斬りかかり、エルサと二人の体が交差したが二人は立ち止まらず突っ込んだ時の勢いのまま壁に激突してしまう。


激突した一人は鎧ごと腹を真横に切られ、もう一人は首を床にゴロゴロと転がしながら壁と床に大きな血の後を残して体がずるずると崩れ落ちる。


エルサが手に持つ双剣で斬ったからというのは二人の惨状から容易に理解できるが有沢達にはエルサの斬撃が全く捉えきれず結果を見て初めて何が起きたか判るほどの早業だった。


「…」


唖然している有沢達を置いて、エルサは短く息を吐くと床に落ちていた鞘を回収し剣と共に腰に差し戻しているとマイエルが我に返り慌ててエルサに状況の説明を求める。


「エ、エルサさん何がどうなっているのですか!?」


「この部屋の扉に殺気と抜剣の音を撒き散らしながら近づいてきたから、てっきり王子を狙ってきた刺客かと思ったんだけど最初から私狙いだったわね」


エルサはチラッと床に今さっき自分が斬り殺した死体を見る。


「まあ、刺客を放ったのが宰相ということなら、大方私さえ殺せば王子は確保できると考えていたんでしょうけど誤算だったのは私を倒すには、最低でもこの百倍の人数が必要だったことね」


「っ!そうです、カール宰相の命だと言っていましたけど何かの…間違いですよね」


「いや、こいつ等は大陸から脱出する時にカール宰相が連れてきていた私兵よ、ご丁寧に剣に宰相のとこの家紋もついてる」


「それはっ…でも…そんな…いくら私の判断に反対だからってここまで…」


マイエルは力なくうなだれる、マイエルもエルサに言われるまでもなくこの倒れている二人が宰相の私兵であることは過去に何度か宰相が連れていた時に顔を覚えており、わかっていた。


しかしそれでも自分が生まれるより前から父を支え続け、放任主義な父に代わって幼少時から厳しいながらも何かと眼にかけてくれた父の忠臣が剣を抜いたこと、もしかしてここまでの自分が下してきた判断のせいで、追い詰めさせてしまったのか、という考えがマイエルの心に重くのしかかっていく。


「とにかく宰相がどういうつもりかは、私が縛って王子の前まで引きずって来てあげるから直接本人から聞くまで結論は保留にしておきなさい…にしても衛兵は何時になったら来るの?まさか全員宰相にやられたとかではないでしょうね」


エルサは王子を衛兵と自分の部下達に預けて、自分は宰相の対処をしようと考えていたが、事が始まってから随分と時間が過ぎても誰も来ないことに首を傾げる。


少し部屋の外の様子を確認しようと扉に向かうが、聞き慣れた部下の自分とマイエルを呼ぶ声が廊下から聞こえてきたので足を止める。


騒がしい声の主はドタドタと足音を立てなから部屋の入り口に転がり込むように駆け寄った。


「えっ、エルサ隊長ー、殿下ー!!ご無事…ですね、扉が壊れていたのでここもきょうかぃ…」


「遅い!!ディック、アンタについてる2つの耳孔が飾りというなら私がもう何個か増やしましょうか?」


一気に捲し立てようとしたディックは、エルサに一喝されて少し落ち着くと今度はエルサに怒られていることに焦り、挙動不審になりながら言い訳を始めた。


「えっでも、館の詰め所で仲間が奇襲されたのを見てエルサ隊長の所へ逃げ、じゃなくてお二人も襲われたと思って真っ先に来ました!」


真っ先に来る前にいきなり現れた”あいつら”にその場にしばらく腰を抜かして時間が掛かったことは勿論言わない。


「詰め所が先に襲われたか、しかし少ない私兵を分けてわざわざ詰め所を襲うなら最初から全員私の所へ送れっていうのよ、そうすれば全員斬って後は丸腰の宰相をシメて終わりだったのに」


(まずは詰め所にいる連中を助けに行って…まあ詰め所には十数人はいるから撃退できているとは思うけど様子を見に行って連中が無事なら王子を押し付けて)


とこれからの動きを思案していたエルサだったがディックの一言で突然の襲撃でも平然としていた顔が固まる。


「えっ!?”カール宰相閣下がどうしたんですか?”」


ようやく気分が落ち着いてきたディックは今更ながら部屋の中に立ち込める血の匂いに気づき、顔をしかめる。血の匂いが部屋の奥から漂っているのでエルサの後ろを覗き込み血の海に沈んでいる二つの死体を見ててディックは飛び上がる。


「うわっ!!この方たちカール宰相閣下の私兵ですよね、なっなんでこんな所で死んでいるんですか!?奴らにやられたんですか!?」


ここで獣人であるマイエル、ディックそしてエルサには正門の方から怒号と悲鳴と共に甲高い剣撃音が聞こえてきた。


館の正門を警備していた衛兵達が襲撃されて戦闘になったというのはマイエルとディックにもわかったが更にエルサは戦闘音に小さな爆発音と電撃の音といった獣人同士の戦いでは生じる筈のない音、戦闘用の魔法の音を聞きとり、ディックに詰め寄った。


「ディック!!詰め所を襲った敵は一体何だったの?」


普段と違う真剣な表情のエルサにディックはオロオロしながら応える


「えっ!?わっ私が見た限り教会の軽魔装歩兵が数人で、装備と練度から恐らく精鋭のペルグランデの騎士団で…あの、ここも襲われたんじゃないんですか?」


ディックの問に説明は後と返しながらエルサは、マイエルに向くと有無を云わせない強い口調で伝える。


「王子、すぐにここから脱出するわよ」


マイエルは次々と起こる事態に軽くパニックになりながらも教会の騎士団に襲撃されたことが宰相に裏切られた事が些事になるほどマズい状態であることは理解しており、すぐに頷くと外へ逃げる準備を始める。


マイエルが準備している間に今まで事の成り行きを見ていた杉原がエルサに話しかける。


「すみません非常事態というのは重々承知してますが一体何が起きたのですが?」


文官の割に襲撃からの立ち直りが早いとエルサは感心したが、初めから丸腰のまま一人で交渉に来るような人間だったことを思い出し納得する。


「そこに倒れているのは一緒にここへ逃げていた宰相の子飼いの兵達なんだけど…いやこれはもうどうでいいわ、とにかくさっき話にも出てきたアウティス教会の騎士団がやってきた…全くどうやってここまでやってきたのやら」


最後の方は杉原へではなく独り言のようになっていた。


マイエル達は”非常に特殊な方法”でこの島へ逃げてきたので教会にこの場所へ逃げたということは知られていないと考えていたが、万が一教会が兵を島に差し向けて来た時に備えて、島の内外への監視網を何重にも張り巡らせて特に信頼の置ける部下達に任しており、実際この監視網のおかげで杉原達が乗ってきた船をすぐに発見、上陸後も追跡する事ができた。


もしもこの襲撃と同時に動いていたカール宰相とアウティス教会に協力関係があったというなら宰相側が何らかの手引したと考えられる。


ただ宰相の手引程度でどうにかなるのかという点にエルサは大いに疑問を覚えるが今これ以上考えても答えが出るものではないので思考の隅に追いやり、館からそして島からの脱出手順に意識を集中する。


「私達はここから逃げるけどアンタ達はどうする?先に言っておくけど連中は私みたいに話がわかる奴でもないし、相手に高位の魔法士がいれば一発で悪魔憑きかどうかバレるわよ」


(足手まといが実質3人増えるけど島から逃げるには船を動かす鍵を確保しないと)


「…わかりました少し考えさせてください」


杉原は有沢と日本語で相談し、マイエル達と一緒に館から脱出することにした。


アウティス教会の魔力がない人間の扱い方の話を抜きにしても王族を暗殺をしに来た集団に今回の戦争に関わりない第三国の使者と言っても安全が保証されるとは限らない、だったら今は土地勘があって腕も非常に立つ近衛隊長とこの場は逃げた方がいいだろうと結論付けられたからである。


杉原と有沢が相談を終える頃にマイエル王子が外に出る準備を完了したのでこのまま部屋の外へとなる前に有沢は館へ入る前に預けていた小銃や軍刀といった武器の返却をエルサに願い出た。


これにエルサは少し考えこむ顔をして刀はともかく”銃は役に立たない”けどないよりマシだろうと言いディックに取りに行かせ、有沢と高島に返却させた。


有沢と高島は返却された武器を素早く状態を確認すると有沢の号令と共に二人とも小銃の弾倉へクリップで纏められた5発の実弾を押し込み、ボルトハンドルを動かして最初の一発を薬室へ装填する。


鉄と鉄がこすり合う甲高い音が静かに響くのを背後に感じながらエルサは扉の前へと動く。


「それじゃあ行きましょう」



少し前まで廃墟然していた館と荒れ気味の庭が合わさり、人が居なくなった場所特有の寂しさを感じる静寂さを放っていたここも、今や周りで怒号と叫び声、剣撃、爆発音が飛び交い戦場に取り残された館へと雰囲気を変貌させていた。


そんな中で、館の裏に雑草に隠れるように存在していた裏口が少しだけ開き、空いた隙間から茶色の犬耳がヒクヒクと動く頭だけが飛び出した。


その状態からしばらくすると中へ一旦戻り、今度は先ほど出ていた犬耳の持ち主であるエルサが素早く静かに外へ出る。


外に出たエルサはもう一度すぐ近くに敵がいないことを耳と鼻を使って確認した後に、背後の裏口に向かって手招きをした。


すると灰色のフサフサした獣耳をしきりに動かしながら不安げな表情でマイエルが裏口から出てくる。


それに続くような形で素早く周りを確認しながら出てくる有沢、緊張した面持ちながら落ち着いた動きで出てくる杉原、この事態になっても変わらず固く口を一文字に閉じた顔で出てくる高島、最後に周りをキョロキョロと落ち着きなく見渡すディックが外へ出て裏口を閉める。


全員が外に出ると、先ほど裏口から出た順番のままに庭の塀を目指して歩き始める中で、マイエルは振り返りゆっくりと離れていく館を無念そうに見続ける。


館から脱出する際に大陸からここまで一緒に逃れてきた使用人達も脱出させようとしたが自分達は足手纏いになるからと付いて行く事を固辞したが、それでもマイエルはなんとか説得しようとしたがエルサに止められた。


使用人達はしきりに館の地下にある要人の避難場所に隠れるから大丈夫だと言っていたがそんな物、教会の騎士隊が探知系の魔法を使えばすぐに館のどこかに居ることがわかり、地下への入り口が発見され次第、彼らは非戦闘員だろうと何の躊躇いもなくその場で処刑される。


館に残したことは、そういうことだとマイエルは理解できていた。


(父様なら…父様ならカール宰相に見限られずに全員救えていたのだろうか?)


ここまで父親ならこう判断したと思ってやってきたが現実はこの島まで一緒に逃げてきた、マイエルとっては大陸に残してきた民と同じようにように守るべき存在の命が失われていこうとしても、ただそれを見ているしか出来ない、例え父親と同じ判断をしても自分ではただ失うのみだとそんな無気力感がマイエルを襲う。


しかしマイエルはそれでも歩みは止めなかった、父様は決断した後でウダウダと立ち止まったりしないという思いに縋ってでも今は前へ進まなければ罪悪感と無気力感でこの場にへたり込みそうだったからである。


昔は王族の避暑地だっただけに館の庭はかなり広く取られており、後ろに在った館が伸び伸びと成長した雑草に完全に隠れてしまうほど離れてようやく庭の終わりを告げる塀の頭が、先頭を歩くエルサに見えてきた。


塀の向こうは林が広がっており敵を強行突破してても、とにかくそこへ逃げ込むのがエルサの提案していた脱出プランだったが、ここまで周りで戦闘の音はしても特に敵と遭遇せずに行けたので、このまま行けるかもとエルサは考えていたが、突然前の茂みから何かを切り落とした音と共に漂って来た血の臭いがそんな甘い考えを打ち砕いた。


有沢達はエルサが急に立ち止まった事に訝しむが前を向いたままのエルサの少し下がれという言葉と共に抜剣するのを見て、すぐに有沢と高島が前へ出て杉原とマイエルを後ろへ下がらした。


警戒態勢へ移行している間にエルサの前に2人が歩いて現れ、5メートル程までに近づくと立ち止まる。


2人はフルフェイスの兜、胸に大きくアウティス教会の力を担う、ペルグランデの国章が金で意匠され、膝下までを覆う白銀の胸甲、鱗状の革が素材の手甲と脛当といった革と鉄が複合的に組み合わされた鎧を身につけ、まさしく騎士といった出で立ちながら宗教家を証でもあるアウティス教の聖印を首から下げ、更に一人は黄金のアウティス教会の紋章が縫われた白いマントを風にはためかせていた。


目の前に現れた2人がアウティス教国の宗教軍事同盟国であるペルグランデ所属の騎士であると怯えながらもマイエルに教えられ、にわかに有沢達も緊張の度合いを高め、兜で表情が見えなくともあふれんばかりに感じられる敵意と殺意、そしてそれを象徴するかのようにマントを着ていたペルグランデ騎士が手に持つ血の滴る剣を見て有沢は自然に銃の用心金に置いていた指を引き金に移す。


双方が無言のまま一色触発の状態を作り出していく中、エルサは戦闘に備えて感覚を研ぎ澄ませいくと以前嗅いだことのある臭いが騎士達の向こうから漂ってくる濃厚な血の臭いにまぎれている事に気づいた。


それは何時も仏頂面で眉間に皺を寄せながら、忙しそうに王から押し付けられた仕事を片付けていた宰相が愛用していた煙管の葉っぱの臭いだった。


「…どうして殺したの?」


そう静かに問いかけたエルサに、マイエルはマントのペルグランデ騎士の剣から、今も地面へ垂れていっている血が誰の物か気づき息を飲む。


問いかけられたマントのペルグランデ騎士は問答無用でエルサに斬りかかろうとするが隣にいた部下から目の前の獣人の女性が何者か教えられると思い止まり、少ししわがれた老齢さを感じる男の声を出した。


「ほう…この害獣があの『狂犬のエルサ』か」


「冒険者時代のくそ不愉快な二つ名を思い出させるな。今は転職して近衛兵よ…それで質問の答えは?」


「殺した理由だと?我らはペルグランデ白鉄の騎士団、神の忠実なる力なり、我らが使命は神が討ち漏らし敵を打ち倒すこと、神に逆らう害獣を屠殺することに何を躊躇する必要がある」


「うちの宰相はアンタらと内通していたみたいけど?」


そうエルサが言うとマントのペルグランデ騎士は、食いしばった歯の間から忌々しげに息を吐き出す。


「確かにあの害獣は大祭司殿と貴様らが持っている聖遺物”聖門の片割れ”とその情報を受け渡す代わりにこの島にいる奴らを見逃す約束を取り付けていたようだ。ここへ送られた時も我らに命じられたのは取引の障害である貴様のみの排除だった!」


「それに不服だったから全員殺して回っているわけ?」


「そうだ!!眼前の神の敵を見逃して何が神の忠実なる力か!?何が神の信徒か!?我らは白鉄の騎士団、我らは一片たりとも敵を残しはしない!!」


まるで大勢の前で説法するかのように高らかに、そして狂気に満ちた声で宣言するとエルサではなく、その後ろで固まっていた有沢達を指差し命じる。


「レナーテ、神罰の執行だ」


「良いのですかアロイス聖騎士殿、あの灰色の獣人はライデル王への交渉に使えますが?」


レナーテと呼ばれた、声と体型から若い女性の騎士は戸惑いアロイスへ確認をとる。


既にこの島へ送られた時の命令違反を犯して聖遺物の交渉相手を殺してしまい、更に友軍が苦戦中である王都に立て籠もっているライデル王への脅しといった何かと便利に使える王族の関係者をこの場で殺すのは、いくら天命を全うするためにしても性急すぎないかとレナーテは考えていた。


「かまわん、やれ」


しかし宗教的、軍事的どちらの階級においても自分よりはるかに上で、騎士へ就任してから数々の功績を上げ異例の若さで大祭司から、通常の指揮系統の逸脱を許可される大祭司直属の『聖騎士』の称号を授与され、その後も、聖騎士に任さられる危険な任務を40年以上遂行し続けてきたアロイスに、レナーテは同じ騎士として深く尊敬の意を持っていた。


なのでアロイスの命令に、二度目の疑問の声を出さず、了解しましたと答えると躊躇なく有沢達に手の平を向け魔法の演唱を始めた。


演唱を始めて、すぐにレナーテの首から下げられていた黄金の聖印が輝き初め、聖印を覆うように小さな魔法陣が現れると同時に有沢達に向けていた手の平に光が集まり、人の手に光球が現れた事に有沢と杉原は目を見開いて驚いている内にレナーテの演唱は終わりを告げていた。


「神光”光り…”」


「私の前で撃たせないわよ!!」


光球が放たれる直前に、エルサが双剣を構えて一陣の風のように、レナーテに駆け込み光球を、相手の腕ごと切り飛ばすが如き鋭い斬撃を繰り出す。


しかし、エルサが速さを活かして自分に突っ込んでくる事を想定していたレナーテは、直ぐに演唱を放棄して半歩後ろに下がり斬撃を躱すと腰の直剣を抜いた勢いのままエルサに斬りかかり、かわしきれないと判断したエルサが、この斬撃を両方の剣で受け止め、2人は鍔迫り合いの状態へなった。


「この前のハルテイ平野の戦いで、貴様に受けた屈辱を晴らさせてもらう!!」


「そういう威勢のいい言葉は、私に一発でも当ててから言いなさい」


「あの時と同じように行くと思うな!!」


2人が膠着状態に陥ってるのを尻目にアロイスは害獣を首切ろうと思い、ゆっくりと手に剣を持ったまま近づくがヘルメットと銃という貧弱極まりない武装した2人の人間の男がその進路を塞ぐように動き、そのまま自分に臆せずに相対してきたので相手に興味が湧いて立ち止まった。


「そんな物で害獣のために私と戦うつもりか?」


「まっ待ってください、この方達は我々の争いに関係がない中立国である大ニッポン帝国の使者です」


対峙する双方を止めようとマイエルが有沢たちの前に飛び出して、アロイスに必死の主張をする。


今ここで杉原が殺されればアウティス教会の危険性を日本に伝える人間が居なくなってしまう、例え今ここで自分が殺されてしまっても杉原が生きて日本に帰って報告すれば、もしかしたらアウティス教会を大陸で封じ込めるためにフークリアス王国の支援を日本が行うかもしれない。


非常に都合のいい物の考え方で生まれた希望である事は、マイエルもわかっていたが、何の希望を国に残さず死ぬわけにはいかなった。


しかし、アロイスはその言葉を鼻で笑う。


「大ニッポン帝国だと?そんな国聞いたことがないな」


「まだ世界では新参者の島国ですからあなたが聞かれた事が無くても仕方がありません、私が大日本帝国政府から特命大使を任されております杉原千畝です」


杉原は有沢にすいませんと一言断りをいれてから、前へ進みマイエルの横に並びアロイスへ挨拶する。


血のついた剣を持っている相手の前に立つのは、かなり勇気のいる行為だったがユダヤ人を逃がした時にドイツのゲシュポタに何かと狙われた時と比べればなんてことは無いと自分を叱咤して堂々とする。


少しでも一国の使者であることの真実味を相手に与えるためであった。


杉原の堂々とした態度に、アロイスもその場しのぎの嘘だと一蹴にはせず、この奇妙な人間達の事を知るためにも少しだけ話を続けることにした。


「ほう…それで、その国の使者が害獣共に何の用だ?もし、この害獣共に加担するつもりだといううなら…」


「我が国は現在、あなた方の戦争にはどちらにも与せず、中立の立場を取っています」


アロイスは杉原がそういうと剣を杉原の隣りにいるマイエルに剣を向ける。


「ならば今この場でこの害獣の首切り殺しても問題はないな?」


「…」


剣を向けられたマイエルは自分がおとなしく殺されることで杉原達の”中立”が証明されるならばと諦観の念に駆られながら前に出ようとするが、その動きを押し止めるかのように杉原は強く言葉を続けた。


「”しかしっ!”…しかし我が国の海を挟んだ隣国で戦争が起きているという事に我が国は非常に大きな懸念の意を抱いております。残念ながら我が国は今回の戦争当事国でおられる両国との外交ルートが存在しておらず両国間で正確な意志の伝達ができません。このまま戦争が続けば両国のどちらかの国との間に”重大な誤解”がいずれ発生しかねません、そこで我が国はまずフークリアス王国との外交ルートを開設すべくマイエル殿下とお会いしにここへやって来ました。そして我が国はペルグランデ国首脳部との接触も希望しております」


「なるほど…理由はわかった俺の上官との渡り位はつけてやろう…」


アロイスの言葉に杉原は、一旦胸をなでおろす、この男がどんなに過激派だとしても何らかの隊長職を任されているなら宗教に絡まない国同士の交渉まで軽んじて壊すほど狂人ではないと踏んでいたのは、正しかった。


しかし、アロイスが予想通りの言葉を続けて来たので、杉原は気合を入れ直す。


「その害獣の首を刎ねた後でな、どうせもう少しで我々に駆逐される国だ、外交ルートが別に無くとも重大な誤解とやらは起きようがなかろう?」


「例え、近い将来一方の国が敗戦したとしても我が国への亡命者、難民の法的処理を行うために敗戦国政府との交渉は行われますそれに…」


一瞬杉原の口が止まる、日本の立場としても外交官としても、まだ正確な状況が丸でわかっていないこの場では徹底的にどちらの国にも与せずに中立を主張し、様子を伺いつつ情報収集に務めるべきなのは解っていた。


この世界に来て数日の人間が、この世界の戦争に善悪を決めつけて、どちらかの国に肩入れするのは傲慢な行いだとも重々承知していた。


しかし、それでも自分の目の前で行われる虐殺を静観するわけにはいかなかった、それをすればあの時ユダヤ人を助けると決めた自分を自分で否定することになる。


「それにこの島は、フークリアス王国に帰属していますが、島の周りは大日本帝国の領海に囲まれている場所です。そのような場所で、隣国の王族が我が国に通告もなしに暗殺されたとなると貴国、ひいてはアウティス教会との間に緊張を高める事は我が国の本意ではなくとも”不幸な誤解”が生まれかねません」


「…この場所は、ニッポンの影響下にある場所だから帰れと?」


「外国の地とはいえ我が国の領海内で戦闘行為と王族暗殺が起きれば我が国としても緊張の度合いを高めざるおえないのです。どうかご理解の程をお願い致します」


「…」


ここでアロイスは沈黙する。


この人間たちが、嘘をついてるとしてマイエルを斬り殺すのは簡単だった、問題はこの話が本当だった場合である。


アウティス教会は、世界を管理する後継者を人間のみとする人間至上主義を唱えているため、日本が人間の国だった場合、人間の国の主権、要請を全く耳を貸さずに門前払いしたことになり、これは教義的にも外聞的にも非常によろしくなかった。


(どうして、国の使者を名乗るような者が現れるような事に…ん?いや待て、事前の館周辺に行った、魔力探査で人間クラスの魔力反応は、居なかったはずだ…もしや…こいつら)


「……要求は理解した。検討する前に一つだけ確認したいことがある、大事なことだ」


「…なんでしょう?」


杉原は、アロイスの雰囲気が変わったことに少し嫌な予感を感じながら、話を促した。


「なに、することは簡単極まりない、ある物を持って欲しいだけだ」


そう言いながらアロイスは、剣を鞘にしまった代わりに、腰に付けている袋の中から探り出した物を見て、マイエルは顔を青くし、杉原も平静を保とうとしたが、思わず目を細めてしまう。


「この空の魔力結晶を」


アロイスの手の上にあったのは、強く輝く拳ほどの大きさの魔力結晶だった。


「なぜ、そのような物を持たなければならないのでしょうか?」


「我々が、ここを攻撃する前に害獣共が館から逃げださないで居るか、確かめるために館周辺に魔力探査をした結果、害獣数匹がいることがわかったいた。だが不思議な事に三人の人間が現れた…考えられる事は二つだ、一つは魔力探査に誤りがあった…」


ここで、アロイスは一旦言葉を切る。


杉原はどう切り抜けるべきか必死に考えながら、夏の暑さとは違う、嫌な汗が体中に流れていた。


「もう一つは、悪魔に取り憑かれ、神に与えられし魔力を失った異端者が3人いたということだ!」


「我々は、外交使節団です。貴国の一方的な異端審問を受けなければならない義務はありません」


国の代表を務める外交官を受け入れ国が不当に逮捕、暗殺などして、その活動を妨害しないことを相互に保証するために、古くから外交官には様々な特権を与えて保護する取り決めが行われていた。


杉原は、この世界でも外交の概念があるならば、外交特権も整備されているはずだと信じてはったりをかけた。


「確かに外交官は我々の異端審問を受ける義務はない…だが残念だったな」


手に持っていた魔力結晶をアロイスは杉原に向かって軽く放り投げる。


魔力結晶はアロイスと杉原の丁度中間辺りで着地し、コロコロと転がり杉原の足元の近くまで転がると勢いをなくし、そしてそれに合わせるようにアロイスの手元にあった時の強い輝きも無くなっていく。


「手に持たなければ異端者だと証明されないと思っていたようだが、それは低品質の魔力結晶の場合だ。この魔力結晶は我が軍の魔装鎧に魔力を補給するための高純度なものだ。高純度だった空の魔力結晶は魔力に対して過敏かつ広範囲に反応する、触らせずとも異端者の体に近づけるだけで、その異端の姿が暴かられる、異端者共がっ!!」


アロイスは先程まで纏っていた狂気を再び取り戻すような叫びを上げ、剣の柄に手をかける。


そしてアロイスの全身から発せられ、叩きつけられるような殺意と敵意に杉原は数歩下がるが、諦めずに対話を試みる。


「例え、私があなたの言う異端者だとしても、私が大日本帝国の使者であることは…」


しかし、もはや対話は不要とばかりにアロイスが杉原の言葉を一蹴する。


「黙れ!悪魔憑きが、この世の言葉を喋るな」


アロイスは剣を抜剣し、杉原達に高らかに宣言する。


「我らは白鉄の騎士団、我らは神の力なり、我らは神の敵を一切の不平なく打ち滅ぼす!獣人も異端者も一切合切ここで死ぬのだ!!」


立ち尽くす杉原の肩に、有沢の手が静かに置かれ、振り返った杉原に有沢は危険ですから下がってくださいと伝える。


その言葉に、何かを言おうと口を開こうとするが途中で止め、覚悟を決めた顔で杉原は静かに頷き返す。


「わかりました、責任は全て私が取ります。お願いします、マイエル殿下だけでもお守りしてください」


「…了解しました、マイエル殿下と杉原大使、あなたもお守りします。高島、お二人を後ろに」


有沢は、高島にマイエルと杉原の2人を任せると自分は、アロイスを見据えると静かに小銃を構えると、小銃の照星を咄嗟に避けづらい腰の部分に合わせ、引き金に指をかけている右手に力を入れていく、腰は人の重要な血管と内蔵が集中しており、弾が当たればまず致命傷になるが有沢は躊躇しなかった。


アロイスは事前に殺傷が禁じられていた、現地民ではないし、あの命令は言葉が通じない前提で接触したさいに、起きるであろう双方の間の誤解が生まれた結果、現地民を殺したなどという事を防ぐためであって、アロイスの場合こちらが、外交使節団であることを明確に理解してる状況で、杉原大使に襲いかかろうとしてる。


これでも、杉原大使を守るために、相手を撃ち殺して上層部に問題視されるなら実際に相手を撃ち、なおかつ現場の最高指揮官である自分が責任取れば収まると考えていた。


有沢に銃を向けられても、アロイスは全く怯む様子を見せずに、むしろ銃を向けている正面から堂々と歩いて近づいていく。


剣を持った相手にどんどん近づかれていくが中国での実戦経験、そして何よりこちらは銃で相手は剣という状況が、特に緊張感と恐怖心を覚えずに有沢は、銃の引き金を引くことが出来た。


引き金が引かれた瞬間、九九式短小銃の撃針が薬室に装填された九九式普通実包底部の雷管を叩く、衝撃を受けた雷管の爆発によって薬莢内に充填されていた装薬も誘爆し、その爆発力を受けて薬莢から弾丸を弾き飛ばす、弾丸は九九式短小銃の銃身内に刻まれたライフリングよって回転しながら、銃身長657mmの距離を使って730m/sまで加速を行い銃身から飛び出した。


10mm程度の厚さの鉄板なら貫通できるほどの運動エネルギーを得た弾丸が、有沢の狙い通りにアロイスの腰まで、音速を軽く超える速度で飛翔し、アロイスは避ける動作すら出来ずに弾丸は鎧に届く直前で光に呑まれた。


「なっ!!」


有沢は驚愕の声を上げる、銃から発射した弾丸はアロイスの鎧に到達する直前に青白く輝く光の障壁に阻まれ弾かれてしまった。


突如現れた光の障壁はアロイスを包むように展開しており、今も強い光を放ち続けていたが有沢にとって重要なのは、アロイスが未だに健在だったことである。


「次はこちらの番だ異端者!」


銃は剣より強し、というのは有沢のいた世界では、長い戦争の歴史の中で証明されたことだが、この世界の戦いでは、その常識が通じないことを、有沢はこの戦いで思い知らされることになる。

誤字脱字等ありましたら教えて下さい。

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