終わりを君と、迎えようか。
溜息を吐いて、時計に視線を走らせる。
午後11時30分。
わかってはいたけど、いやわかっていたからこそ、やっぱりね、という自分の思考に思わずもう一度溜息が洩れる。
日付が変わった瞬間に、友人知人からのメールが私の携帯に殺到した。
鳴り止む暇もない着信音に想われてるんだなぁ、と実感して頬を弛め、……その中に特別に求めている名前がないことにちょっぴり落胆した。
知ってるよ。
貴方は今、出張で家を離れてる。
行く直前に会った時も、貴方が悪いわけじゃないのに何度も何度もごめん、って言ってくれた。
大事な仕事だから、電話もメールもしてる時間なんかないんだよね。
わかってる。
わかってるから、……淋しい。
だって、だって、今日は私の誕生日なのに。
友達からのお祝いの言葉はもちろん嬉しかったけど、でも、貴方の言葉はやっぱり特別なんだ。
「……孝志、」
貴方の重荷になりたくなくて、貴方の前では物分かりのいい女でいたいのに、ふとした時に貴方の名前を口に出してその存在を求めてしまう自分が悔しい。
わかってるのに、貴方がどれだけ私のことを想ってくれているのかちゃんとわかってるのに、傍にいないだけで淋しくて死んでしまいそうな気持ちになる自分が嫌だ。
「……もう、寝た方がいいよね。」
ほんの少しの期待が捨てきれなくてこんな時間までぐずぐず起きていたけど、このままでは気持ちがどんどん暗い方に向かっていってしまうだけだろう。
明日は空けたんだ、と貴方は笑ってくれた。帰ってくるのが深夜で、本当なら辛いはずなのに、うまく笑えなかった私のために、わざわざ。
明日会う貴方に暗い顔を見せないことが、きっと今の私に示せる唯一の感謝のかたちだから。
だから、もう寝よう。そう思った時だった。
唐突に、携帯が鳴りだす。
慌ててディスプレイを見ると、表示された名前は今日はもう見ることができないだろうと思っていた彼のもので。
「もっ……もしもし?」
『未佳!ごめんな、こんな時間に。起きてたのか?』
「うん……起きてた、よ。」
まさかこの状況で今から寝ようと思ってたところです、なんて馬鹿正直に話す人はいないだろう。
私がたどたどしく肯定すると、彼はどこかほっとしたように息を吐いた。
『そっ、か……。……なあ、未佳、』
「ん?なあに、孝志?」
『……ドア、開けてくれないか?さすがにもう、足が限界なんだ。』
彼の言葉に、私の思考は完全停止。
それでも彼を求める身体がひとりでに動いて玄関のドアを開けると、そこには今日の深夜に帰ってくるはずの愛しいひと。
「……ごめん、こんな時間に。でも、早く帰れそうだってわかったらいてもたってもいられなくて、さ。」
少し疲れた様子の貴方は、それでも私に最高の笑顔をくれる。
「……誕生日、おめでとう。」
貴方の声と、私の部屋の壁掛け時計が日付の変更を知らせるのは同時で。
「マジでギリギリじゃん、俺。」
「……じゃあ、孝志が最後に私の誕生日を祝ってくれた人だね。」
「未佳……。」
「それに、誕生日に私が最後に会った人も、孝志だよ。」
「……。」
「嬉しいよ、本当に。……ありがとう。」
貴方が疲れた身体を引きずって私の誕生日を祝いに来てくれたことも、こうして私の誕生日の終わりを貴方と迎えることができたことも、涙が出るほど嬉しくて。
泣きながら微笑むと、貴方は微かに頬を染めて私をその腕に収めてくれた。
「……大好き。」
きっと私は、この日を永遠に忘れない。
近づく顔に瞳を閉じると、俺も、という囁きが触れる間近の吐息と共に私の耳を擽った。
今日誕生日を迎えるリア友に捧げます。