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5. 【一日目】 悪魔は此処に

 この世界には魔法がある。

 まるで奇跡のような現象を起こしてしまうものもあれば、知人との話の種にしかならないちっぽけなものもある。

 本当に多種多様だ。


 そんなものがあれば、誰もが興味を持つ。

 自分も過去の偉人たちのように力を(ふる)えたらと憧れる若者もたくさんいるだろう。


 どのくらい昔か分からない。けれど、魔法が学問になったことは必然だった。


 学問になり、その研究が詳しく高等なものになれば、おのずと魔法というものを分類する必要が出てくる。

 いつまでも「魔法」とひとくくりにしていては不便になってくる。


 そうして魔法は様々に分類されていった。

 魔法が多種多様なら、分類法も多種多様になる。どこにでも例外は存在し、完璧な分け方など存在しないからだ。


 古代の魔法と近代の魔法に分けた者がいた。

 その魔法がもたらす効果によって分類を試みた者もいた。


 それ自体が「魔法分類学」という学問であると言うことが可能になるほど、数多の研究者たちによって「分類」についての議論が交わされた。



 そんな中、ある一人の研究者が、魔法を発動する過程においての分類法を提唱した。


 陣魔法。

 詠唱魔法。

 精霊魔法。


 魔法陣によって発動させるのが陣魔法。詠唱することによって発動させるのが詠唱魔法。精霊を使役して発動させるのが精霊魔法。



 そんな分類がされたのが四百年以上前のこと。

 研究は進み、数多くの例外が現れ、そのたびに少しずつ分類の境界線――定義も変わってきた。

 現在では、無詠唱の魔法でも「詠唱魔法」として扱われるものもあるし、魔法陣を使わずに、自分の身体の中の魔力の流れを魔法陣に見立てて発動させる「陣魔法」もある。


 中でも最も大きな変化は「精霊魔法」の定義についてだった。

「精霊を使役して発動させる魔法を示す」という定義が、「血によって後代へ継承されていく魔法を示す」という定義に変わった。

 大きな原因は二つある。

 一つには、精霊という存在がいまだ正確に観測されたことがないため。もう一つは、「精霊魔法」が親から子、孫へと受け継がれるものであり、魔獣などが使う魔法も親から子へ遺伝する魔法であることが発見されたためだ。


 もっと詳しい説明をしようとすると、太古の昔の人間と「妖精」と呼ばれる存在の交わりから説明することになるのでここでは割愛する。


 精霊魔法が遺伝する魔法であるということが分かってもらえればいい。











 ユキの両親はいたって普通の人たちだった。


 大工の父親とそれを支える母親。貴族ではないし、商人のように裕福な家庭でもなかった。

 詠唱魔法が使える親戚すらいなかった。

 みんな市販の魔法陣を生活に役立てる程度だった。


 けれど。

 何故かは分からないけれど、ユキは魔法が使えた。


 魔法の研究者でもある町の医者に相談したところ、それは「精霊魔法」だと診断された。隔世遺伝なのだろう、と。



 嬉しかった。

 ただ単純に嬉しかった。



 ……それだけだったのに。

 どうしてあんなことになってしまったのだろう。



 どこで間違ったのかは分からない。何がいけなかったのか、も。

 生まれてきたことが間違いだったのだろうか。











 ――――いつからか私は、悪魔の子と呼ばれるようになった。






     *****






 月明かりが、岩壁にぽっかりと開いた洞穴(ほらあな)の入口を照らしている……。




 模擬戦争開始から半日。

 ユキは夕方頃に見つけた敵チームの男を追っていた。


 森の中に潜み、背後から襲撃されないように周りの様子に注意しながら、男が入って行った洞穴を窺っている。

 日が沈んだ直後は木々に隠れていた月も、ほぼ真上の位置まで来ている。

 その間、男に動きはなかった。

 おそらく寝ているのだろう。

 とはいえ仲間がいた様子はなかったから、仮眠のレベル。いつ襲われるか分からないのにぐっすりと眠るような人は模擬戦争には参加しない。


 日が暮れてから二時間は経った。

 そろそろ男の気が緩んでいる頃だろうか。

 それとももう少しだけ待つべきか。




 見張りを立てずに眠ることは非常に危険なことだ。

 人間は眠っている時が一番無防備になる。その状態で襲われれば、よっぽどの実力差がない限り、結果は目に見えている。



 模擬戦争において見張りを立てずに眠る要因は大きく分けて三つしかない。


 一、昼の間に仲間と合流できなかった場合。

 二、何らかの作戦があり、あえて一人でいる場合。

 三、PMAの機能によって単独行動が義務付けられている場合。



 夕方の男の様子からして一つ目の可能性はなかった。

 模擬戦争が終盤に差し掛かって自チームの人数が減ってくれば話は別だが、一日目の夜から仲間と行動を共にしない理由はあまりない。早く仲間と合流しなければ、と急いでいる様子もなく、彼は落ち着いて行動していた。


 次に三つ目の可能性だが……。

 おそらくこれもない、と考えてしまっていいだろう。

 男がナンバーのPMAを複数個所持していることは確認済みだ。

 単独行動が義務付けられる、もしくは団体行動が禁止されるのは、ユキのようにアルファベットのPMAを所持するプレイヤーだけのはずだ。

 男のようにナンバーのPMAの所持者が単独行動を義務付けられている可能性は非常に低い。




 となると、残るのは二つ目。

 何らかの作戦がある可能性だ。


 どんな作戦かは分からない。

 長期的に見て単独行動したほうが便利なPMAの固有機能があったのか、それともユキのような夜の間に敵のプレイヤーを無力化するために動く人間を、早めに排除しておくために罠を張っているのか。あるいはユキには想像がつかないような理由なのか。






 どうする……。






 森の暗闇の中、PMAの放つ白い光でユキの顔が浮かび上がる。


 黒い髪と黒い目、端正な顔立ちをしている。

 年は十六。

 悪魔と呼ばれた少女は、既に悪魔の囁きを受け入れていた。


 彼女のPMAが示す光点は二つ。

 自分の位置を示す黄緑色の光点と、そのすぐ近くにある「3」と示された赤い光点。

 そしてPMAの右下に現れている数字は0。カウンターと呼ばれるものだ。


 ……彼女は「A」。ガゼン共和国側の「A」だ。




 第二ステージを迎えることなく夜が来たことを考えると、最低でも二つ、多くて四つのPMAが既に機能停止していることになる。


 夕方、男を尾行している際、ユキのPMAに表示される赤い光点の持つ数字は何度も入れ替わっていた。これは同じような距離に複数個のPMAが存在することを意味している。男が単独行動だったことを考えると、彼は複数個のPMAを所持しているということになる。


 つまり、ユキが男の襲撃に成功すればカウンターは最低二つ増える。敵の「A」の動きを考えると百パーセントの確率で、夜のうち、もしくは夜明けと同時に、模擬戦争は第二ステージに突入する。

 失敗してもユキのカウンターは0。夜明けがタイムリミットだ。


 今からPMAを一つしか所持していない敵プレイヤーを探すという手もある。

 しかしそこまでして第二ステージに進めるのを嫌がる理由はユキにはない。遅かれ早かれ次のステージには進むのだ。

 それに敵の「A」の動向だって分からない。努力が無駄骨になる可能性はお世辞にも低いとは言えない。


 ユキがアドバンテージを放棄する理由など、何処にもなかった……。











 また一時間が経った。

 相変わらず男に動きはない。


 今が頃合いかもしれない。


 昼間に仮眠をとっているとはいえ、ユキの集中力にも限界がある。




 待機か、行動か……。






 悩み、そして結論。


「よし……」



 決めてからの行動は迅速だった。


 すばやく森を抜けて、岩壁に背中をあずける。

 息と足音を殺して移動する。

 洞穴のすぐ傍まで来た。


(チッ!)


 思わず舌打ちをしそうになった。

 月だ。月明かりによるユキの影が洞穴の入り口まで伸びていた。


 相手の様子を確認してから詳しい行動を決定するつもりでいたが、これは思わぬ誤算だった。

 今回のミスを相手に気づかれた可能性はあまりないだろう。だがゼロではない。ゼロではない以上、安心はできない。ユキが張っているのに気づかれれば、ユキが引くか戦闘になるかの二択だ。

 相手が眠っているうちに勝敗を決することはできなくなる。


(――引けないッ!!)


 ユキは洞穴の入口に身を躍らせた。






 洞穴の奥には敵プレイヤーの姿があった。



 ……が。


(眠ってる!?)


 結果は拍子抜けするようなものだった。

 ユキが姿を現したというのにピクリとも動かない。

 目深にフードをかぶっているため人相や表情は分からないが、おそらく眠っている様子。


 ……いや、待て。

 まだ罠ではないと決まったわけではない。

 細心の注意を払って洞穴内部を観察する。

 どうやら原始的な罠の類いはないようだ。


 そうなれば後は男を警戒するのみ。


 壁に背をあずけて眠る男は剣や盾、鎧などの物理的な攻撃・防御手段を持っているようには見えない。小型のナイフを懐に所持している可能性はあるが、十中八九、男は魔術師。

 それもよほど自信があったのか、馬鹿なだけか。

 いくら攻撃・防御ともに魔法に頼りきっているとしても、相手に弱点を悟られないために簡単な皮鎧くらい付ければいいのに、とユキは思う。

 これでは接近戦に持ち込んでくれと言っているようなものだ。


 ……しかし油断するのはまだ早いだろう。

 男が持っている中で唯一武器になりそうな、用途不明の黒くて長い筒のようなモノは彼の傍に立てかけられている。

 男が目覚めてしまえば、すぐに手に取れる位置だ。



 もし寝起きの男が錯乱して、こんな洞穴の中で威力の高い攻撃魔法を放たれたら、それはもう仲良く生き埋めコース決定だ。

 それだけは避けたい。



 音を殺して男のもとに向かう。



 一歩、二歩。

 ……ここまできてこちらに何も仕掛けてこないのか。

 罠である可能性はほぼゼロ。


 となれば後は男を起こさないように近づくだけ。



 三歩、四歩。


 徐々に男との距離が消滅していく。



 五歩、六歩。


 懐からナイフを取り出す。

 これを男の首に突きつけ、PMAを出せと脅す。後は男の動きに注意しながらユキのPMAを男のPMAに接触させるだけだ。それで男はこの模擬戦争から脱落する。


 七歩……。


 手を伸ばせば届く距離。

 男の寝息が微かに耳に届く。


 けれどもっと五月蝿いのは自分の心臓の鼓動の音だ。

 もしかするとこの音で男を起こしてしまうかもしれない。

 そんなありえない想像をしてしまうほどの緊張感。


 ――――ドクン、ドクン、ドクン……。






 ……八歩。




 ナイフをそっと動かし、男へ――――。











「――――動くな」






   *****






 模擬戦争の第一ステージは、正確には戦争ではない。

 戦争の準備期間のようなものだ。


 だからこの期間はほとんどのプレイヤーのPMAに敵の位置は表示されない。

 小競り合いは許されるが、敵の「(キング)」の首を取ることは許されない。そんな状態がどうして戦争と呼べるだろうか。


「K」が襲われることはなく、他のプレイヤーも最低限の注意しかしない。

 たとえ敵と遭遇したとしても、血の気の多い者でもなければ、お互いに大ごとにはならないことを望む。


 積極的に獲物を探し回るのは「暗殺者(エース)」の配役の者だけだ。






 悪趣味だ、とネアは思う。




 それはネアが初めてこの模擬戦争に参加した時から変わらない気持ちだ。


 この競技を考案したのが五百年前の勇者ではなくて良かったと思う。

 そうでなければネアは「勇者」という存在自体を軽蔑することになっていただろうから。世の中で常に称えられてきた人たちに対して悪い感情を持ちたくないという気持ちは、信仰心の篤い者なら誰もが持っているものだろう。

 いや、信仰心というほどのものではない。

 それは勇者への憧れだ。

 年頃の少女ならば、誰しも白馬の王子様に憧れるもの。その延長線上にある感情だ。


 こんな悪趣味な競技が五百年前の勇者が考案したものだと世間一般で思われているのを癪に思うことはある。

 けれどそれで勇者が称えられるのなら、そのままでいいとも思う。

 なにより自分だけが真実を知っているのだという中身のない優越感のようなものを感じていたのも事実だった。



 そもそも、この競技を考案したのが勇者ではないと分かって誰が喜ぶのか。

 幸せになる人間が増えるのか。

 故郷や国を失った人々にそんなことを叫んで、勇者を恨まないでくれと言いたいのだろうか。



 真実が必ず誰かを幸せにするとは限らない。

 そんなことが分からないほど、ネアは子供ではなかった。











 時刻は夜半過ぎ。

 月明かりが照らすフィールドは不気味なほど静まり返っていた……。






 ネアの予想は外れ、いまだこの世界(フィールド)は平穏を保っている。

 戦争――第二ステージが始まる様子はない。


 暗殺者にとって夜は昼よりも行動しやすい時間帯だ。相手が油断していれば、それだけ殺りやすく――不意をついてPMAを機能停止に追い込みやすくなるからだ。


 現在の状況を考えると、どうやら敵の「A」もあまり積極的に動いてはいない様子。好都合なことだ。

 ネアには同じ人間同士で戦力を削りあう趣味はない。

 復讐のために手に入れた力ではあるが、その力で守るべきものを傷つけていることに抵抗を感じないわけでもない。

 結論の先延ばしをしているにすぎないと自覚はあるが、それもネアの性格上仕方のないことではあった。




 それでも自らの役目をこなさないわけにはいかない。




 ネアの視線の先には、交代で見張りをして夜を明かそうとしている二人組みの男たちの姿がある。


 ネアの持つ「A」のPMAで確認したところ、一人が「3」でもう一人が「4」のプレイヤーだ。どちらも複数個のPMAを所持していることは確認できなかった。

 この近くに視線の先の二人以外の敵プレイヤーが潜伏していることもないだろう。




 日が暮れてから四時間ほど待って、第二ステージに移行する様子がないことを確認してから行動を開始して、はや三時間。

 男たちの様子を監視し始めてから一時間半ほどが経とうとしていた。

 この間、男たちがネアの存在に気づいた様子はない。

 見張りをするといっても、どちらか片方が眠っていないというだけで、周囲に気を配っているわけでもない。

 先ほど試しに石を投げてみたが、小さな音はあまり気にしていないらしく、音に気づいてもそれ以上動きがないことが分かると、もう一人を起こすことすらしなかった。小動物の類いだと勝手に結論付けてくれたのだろう。

 それはそれで好都合なのだが、ネアにも思うところがないわけではない。




 この模擬戦争は人間社会の縮図だ。少なくともネアはそう考えている。


 第一ステージは言わずもがな、平穏な世界を示している。

王や貴族たち(キング)」に危険はほぼなく、「民衆(ナンバーのプレイヤー)」も最低限の危機管理はするものの、心のどこかで自分は狙われないと思い込んでいる。


 ○○村が盗賊に襲われたらしいけれど、ここからは遠いから大丈夫。きっと国がなんとかしてくれる。

 ××村で魔獣が出たらしいけれど、この近くには昔から魔獣が出たことはないから大丈夫。きっと国がなんとかしてくれる。

 △△村の近くの川がこの前の雨で氾濫したらしいけれど、この近くには氾濫するような大きな川はないから大丈夫。きっと国がなんとかしてくれる。


 そんな心理だ。

 事件の直後は気を引き締めるかもしれないが、一ヶ月もすれば当事者でもない限り、気が緩む。

 誰も好き好んで自分が不幸になる未来なんて想像したくはない。

 可能性から目をそらして、自分は関係ないと思い込んで生きていく。

 仕方のないことだ。ある種の自己防衛機能なのだろう。最悪の可能性ばかり想定していては、いつか人の心は腐ってしまう。



 けれどそんな平穏を享受することが許されない人間だっている。


暗殺者(エース)」だ。

 人を殺して日々の糧を得る者が、まともな生活を送れるわけがない。


 常に誰かの命を奪うことを要求される。



 この競技の製作者は、それが必要悪だとでも言いたかったのだろうか。



 暗殺者が誰かを殺すことに躊躇を覚えるようなら、戦争が始まる。

 裏から敵国の妨害ができないことを知った国は、表立って妨害を始めるようになる。そして戦争が始まり、多くの命が散ることになるだろう。

 暗殺者が誰かを殺さなければ、多くの人間が死ぬ。

 しかし暗殺者が誰かを殺せば、遺族にはやり場のない怒りが募り、やがてそれは敵国に向くだろう。

 遅かれ早かれ戦争は始まるのだ。

 誰も止められない。できるのは被害を最小限に抑えることだけだ。


 そして暗殺者にできるのは、戦争の過激化を遅らせることだけ。

 暗殺者が暗躍すれば、それだけ死ぬ一般兵が減る。戦争によって生まれる「恨み」に類する感情の総量が減れば、戦争の激化を遅らせることはできる。

 しかしそれは、どんなに飾っても人殺しには変わりなく、暗殺者自身が戦争の激化に貢献することになっていることは事実。



「A」も同じだ。

 どちらにしろステージが進むのは変わらない。

 できるのは遅らせることだけ。


 そして「A」のPMAにはこんな機能がある。

「このPMAの所有者がリタイアした時、段階(ステージ)が第一または第二ステージであるなら、第三ステージに移行される」


 なんともやっかいな機能だ。

 暗殺者には死ぬことすら許されないと、製作者は言いたいらしい。


 実際、暗殺者がいなくなれば、確かに戦争は激化するだろう。






 人間が皆、話し合いで解決することができる平和主義者なら、戦争は生まれないし、模擬戦争だって生まれなかった。

 だからこの競技でも必ず、誰かが戦争の被害者になる。



 そんな皮肉が、この競技に込められているような気がしてならない。











 時は経つ。

 夜明けまであと三時間といったところだろう。


 ネアが監視する男たちの油断は最高潮に達している頃合いだろう。



 決断の時は迫っている。


 襲撃するなら、今から一時間のうちにするべきだ。

 明るくなり始めてしまったら、男たちも気を引き締めるだろう。模擬戦争は二日目からが本番なのだ。


 そうでなくとも、いつ敵の「A」によって第二ステージが開始されるとも分からない。

 そうなればネアの持つアドバンテージは一気に少なくなる。


 ここで躊躇していては、後々のネアの行動が制限されることになる。

「A」のPMAの固有機能はカウンターの値が大きくなればなるほど強力なものになるからだ。


 個人的な損得を除いて考えても、敵プレイヤーを一人でも多く減らしておくに越したことはない。エッジドルクの参加者は七名。対するガゼンはおそらく最大の十人で来ているのだ。終盤になればなるほど、数の差がアドバンテージになる。




 ……襲撃すべき、なのだろうか。






 ――――それがいい。やるべきだ。




 誰かの声。


 悪魔が囁いているのだ。

 模擬戦争製作者が仕掛けた呪いじみた悪魔だ。


 奴らはネアに言うのだ。

 利益と感情を天秤に乗せろ、と。




 ――――ふざけるな。それでいいわけがない。



 理性では知っている。動くことが勝利に繋がる。


 自分は悪魔に屈したわけではない。そんな言い訳が浮かんでくる。仲間のために行動を起こすのだ、と。

 しかしいくら自分に言い聞かせても、身体は動こうとしない。



 ネアは模擬戦争に嫌悪感を持っている。

 それは紛れもない事実だ。


 そんなネア個人の我が儘な感情が自身を縛る。

 製作者の思い通りに動いてたまるものか。そんな子供のような我が儘だ。


 競技をする以上、その競技の製作者の意図通りに動くことは当たり前と言っていい。

 にもかかわらず、そんな当たり前にすら心のどこかで納得がいかない。




 本当は分かっているのだ。

 すべてはネアの思い込みなのだと。

 悪魔なんていない。それは自身の中から聞こえる声なのだ。






 ……。

 ………。



 気持ちを落ち着ける。

 全部錯覚だ。ヒートアップしたネアの頭の中の妄想だ。


 頭を冷やせ。冷静になれ。そうやって自分に言い聞かせる。



 考えすぎてしまうのはネアの悪い癖だ。

 戦場にいるのだから、勝つこと、生き残ることだけを考えていればいい。

 製作者の隠された意図を邪推しても利益は出ない。それが既にこの世にいない者の意図ならばなおさらだ。


 明日の夕食のことでも考えてモチベーションを上げる方がまだ建設的だ。味気ない保存食のことを考えてモチベーションを上げろというのも無理のある話だが。






(……よし)


 いい具合に気が晴れてきたところで、今後の方針を決定する。



 まず襲撃するのは決定事項と考えていい。

 これについてあれこれ思考をめぐらせるのはもうやめる。


 そもそもネア一人で敵の男二人を無力化できる可能性は限りなく低いものだ。

 よくて一人を重症に追い込む程度だろう。

 一人に軽症を負わせて戦力を削った上で退散するのがベストな引き際に思える。深追いしてもいいことなんてない。


 遠距離攻撃の魔法を用いて、こちらの位置を悟られずに何度も攻撃するという手もないわけではない。しかし対象物が遠距離にある魔法は総じて燃費が悪い上に命中率も低い。


 使えるのは奇襲の初撃のみ。それ以降は魔力の無駄遣いにしかならない。

 相手が図体の大きな魔獣なら話は別だが、的が小さい上に鍛えている人間には避けられるだけで終わってしまう。

 フェイントに使えないこともないが、そこまで器用に戦える自信もない。




 見張りとして起きている男の死角に移動する。その中でもぎりぎりまで男たちに接近できる場所へ。


 見張りの様子を観察。

 ネアに気づく様子は、ない。


 次は眠っている男。

 案の定、武器である剣は鞘ごと抱えて眠っている。

 気が抜けているといっても、馬鹿ではないらしい。



 ……作戦は決まった。

 後はネアのタイミングで行動に移すだけ。






 呼吸を整える。

 最大限の実力を発揮するために必要なのは、適度な緊張感と経験によって裏打ちされた自信だ。


 緊張しすぎてもいい結果は出ない。

 自信は充分。魔獣との戦闘を経験した人間にとって、この程度のことは恐るるに足らず、だ。



 魔力を練る。

 そして成功する自分を描く。


 魔法を使う時に最も大事なのは、成功する自分を思い浮かべることだ。ネアはそう考えている。成功すると信じることができなければ、不可思議な力は己の前に姿を見せてはくれない。



 ネアから離れた位置に氷のつぶてを作る。それで見張りの男を狙う。



 比較的ポピュラーな魔法だ。昼間の男にもこれを使用した。

 しかしポピュラーだからと言って簡単なわけではない。特に術者から離れた位置に氷を出現させ、敵を狙うには高度な技術を要求される。

 命中率も高くなく、弓で狙うほうが百倍もマシだ。

 手間暇かけても得られる結果(ダメージ)は多いわけではない。


 直接的なダメージを期待しているのではない。

 期待するのは、氷のつぶての存在感によって敵の注目を関係のない方向に集め、ネアの存在を悟られにくくする効果。つまりネア自身の身体による初撃を成功させることへの布石だ。

 加えて、仲間がいるかもしれないと相手に思い込ませることによって、深追いさせにくくするためだ。どこから狙われるか分からない状況で迂闊には動けないだろう。






 一度大きく深呼吸。もう一度吸い、息を――――止める!



 音を立てずに走り出すと同時、ネアが放った氷のつぶてが見張りをしていた男の眼前に迫る。




「――何ッ!」



 男の声。




(――外れかっ!)


 高速で流れる視界の端、男の腕をかすって地面に落ちるモノを捉える。






「起きろ!! 敵襲ッ!」


 叫び声。



 寝ている男の身体がビクリと震える。






(――――間に合えっ!!)




 踏み込み、渾身の勢いで足を振りぬく。






「がハッ」


「なッ!?」


(――間に合った!)




 ネアの蹴りは見事、立ち上がろうとしていた男の顎を捉えていた。

 仲間の呻きに気づいた見張りの男がネアを振り返る。



 ネアに向いた男が対抗策を取るより早く、相手の身体にタックルをかます。


「――ぐっ!」


 両者の口からくぐもった音が漏れる。

 女性の軽い体重ではやはり男性を倒すことはできなかった。男はなんとか衝撃を耐え切って、そのまま拘束しようとネアに手を伸ばす。




 ――――が、しかし。


 男が伸ばした手がネアに触れる、その直前。

 彼の視界が回転する。



 足を払われたのだと気づいた時には、彼はうつ伏せで片腕を背中に極められていた。




「クソがッ!」


 拘束から抜け出そうとするも、上手く行かず。



 そして――。


 彼の関節が鈍く、鳥肌が立つ音を奏でた。


「―――ッ!!?」




 ネアは素早く立ち上がり、顎を蹴られて意識がはっきりしていないだろう男を一瞥する。

 剣を杖に、ちょうど今立ち上がったところのようだ。



 思考は一瞬。

 ネアは撤退を選択した。

 怪我をしないに越したことはない。




「――待てっ!」

「やめろっ! 追うな、危険だっ!」




 背後から聞こえる声は無視して全力で逃走する。

 目的は達成した。これで敵の戦力を一人分削ることができたと考えていい。

 顎を蹴られた男はじきに回復してしまうだろうが、見張りだった男は肩の骨折だ。十中八九これでリタイアだろう。






 己の成果を噛み締め、暗闇の中を走り続けた。




 いつの間に傷を負ったのか。

 じくじくと痛みを発する胸を、掻き抱きながら。

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