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読書家の俺が、作家を目指す彼女の“最初の読者”になった話  作者: 丘引みみず
第1章 織原くんと小森さん

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005 驚愕の事実

 キンコンカンコン。

 

 チャイムの音が放課後を告げた。すると帰宅部の人たちがすくと立ち上がり、我先にと教室を出て行った。そうして取り残された面々は雑談をしていたり、部活に向かう準備をしたりしていた。


 そんな中、小森さんは俺をチラチラと見ながら鞄を漁るフリをしていた(明らかにフリだ)。そんな彼女の期待に応える形で俺は席を立った。そうして教室を出て図書室へ向かうと中、振り返ってみると遠くに小森さんの姿が見えたが、彼女は即座に壁から突出した柱の陰に隠れたが、隠れきれていなかった。

 

「ぷっ!」


 俺は思わず吹き出すと共に歩みを再開した。


 実のところ、俺は今日の当番ではなかった。それでも図書室へ向かうのは(ひとえ)に小森さんと話がしたいからだ。だからだろう。図書室に踏み込むなり、今日の当番の相田さんが目を丸くした。


「あれ? 織原くん、今日当番じゃないよね?」

「うん。ただちょっと、立ち寄ったところだよ」

「そうなんだ」


 そう言うと相田さんは申し訳なさそうな顔をしてカウンターから出てきた。


「あの、織原くん」

「なに?」

「実は昨日から妹が熱を出してて、だから少しでも早く帰らないと行けないの。もし用事がないならこのまま当番を引き継いでくれないかな?」


 相田さんは誠実な性格だし、なによりそう口にする目からは妹を想う真摯な心が伝わってきた。だから「いいよ」と快諾した。すると彼女はパッと表情を明るくした。


「ありがとう。今度、当番の時は私が変わるから」


 身支度をしながら彼女は言うが、俺はそれを拒んだ。


「気にしなくて良いよ。最近はここにいるのが好きなんだ」


 すると彼女は不思議そうな顔をしたが、それはすぐに穏やかなものに取って代わられた。


「織原くん。なんか、変わったね?」

「そうかな?」

「うん。なんだかとっても楽しそうで」


 彼女の言葉に顔をまさぐっていると彼女は微笑んで出口へ向かった。


「それじゃ私、先に帰らせてもらうから。ありがとう、織原くん」

「あ、ああ。妹さん、早く熱下がると良いね」


 素直に言うと彼女は再び「ありがとう」と言って今度こそ廊下へ出ようとしたが、俺の方を見ていたからだろう。図書室に入ってこようとした小森さんと打つかった。


「きゃ!」


 小柄な小森さんの方が弾き飛ばされたが、転倒は(まぬか)れたようだ。


「ごめんなさい。怪我してない?」


 優しい性格の相田さんを前にしてもやはりダメなようで、小森さんは「あ、だ、だだだ、だいじょう、ぶです……」と吃音(きつおん)を発した。


「そう、ならよかった。ごめんなさいね」


 そうして2人は入れ替わった。


 俺はカウンター裏の椅子に掛けながらそっと引き戸を閉める小森さんに「大丈夫?」と問い掛けた。すると彼女は図書室に誰もいないのを確認してから「う、うん。大丈夫、です」と答えた。相田さんの時とは違う多少流暢な物言いに俺はちょっと嬉しくなった。


 小森さんは俺の前までやって来ると唐突に「ごめんなさい」と言った。


「なにが?」

「あ、『アンの青春』がまだ、読み終わってなくって。『若草物語』、まだ、読めてない、の」

「はは! そんなの謝ることじゃないよ」

「そう、なの?」

「人には人のペースがあるからね。でも意外だな」

「なに、が?」

「小森さんって学校以外じゃずっと読書してるイメージだったから。もっと読むペース早いんだと思ってた」

「そ、それは……」

「他に何か趣味があるの?」


 そう問い掛けた途端、彼女は「あ、あの……」と赤くなって項垂れた。


「ああ、話したくないなら別に良いよ」

「あ、ありがとう、ございます」


 礼を言うようなことじゃないのにと俺は小さく笑った。すると彼女は赤くなったまま上目遣いに「あ、織原くんは今、なに読んでるの?」と問うてきた。それを受け俺は鞄からブックカバーに包まれた文庫本を取り出して、カバーを外しながら答える。


「ジョージ・オーウェルの『1984』だよ」


 紳士の顔を青リンゴが覆った表紙を見せると彼女は「あ」と声を上げた。


「読んだことある?」

「うん。超監視社会のアレだよね?」

「そうそう! 『ビッグブラザーをやっつけろ!』ってね?」


 拳を上げて(おど)けてみせると彼女は笑った。


「ああでも、読んでる途中だからネタバレはナシね?」

「ふふ、当然です!」


 場が温まったところで小森さんは尋ねてくる。


「織原くんは海外文学しか読まないんですか?」

「ううん。日本文学も、最近の文芸作品とかも読むよ」

「例えば?」

「『ゴールデンスランバー』とか『十角館の殺人』とか――」


 ここ最近読んだ本を列挙していくと彼女も読んだことがあるのだろうか、うんうんと頷いていた。


「でも1番好きなのは本居貢太郎(もとおりこうたろう)の『灼熱(しゃくねつ)』かな? 身分差のある男女の熱烈な愛と逃避行を描いた傑作なんだ。デビュー作なのに『読者大賞』を受賞したんだよ、凄いよね?」


 そこまで口にすると俺は本居貢太郎の作品への情熱を抑えきれなくなった。


「ああ、でも! この作品の本当の凄さは作者の他の作品、特に『海辺のルルカ』を読んで初めてわかるんだ。あの人は複数の文体を使い分けているんだ。まるで別人が書いたんじゃないかってくらいで! それに功績もだよ! 本居貢太郎は『読者大賞』を4回も受賞して、界隈(かいわい)じゃ『文体の魔術師』なんて呼ばれてて――」


 そこまで語って俺は自分ばっかり喋ってることに気付いた。


 ハッとして小森さんへ意識を戻すと彼女はさすがにドン引きしたのか、表情を強ばらせていた。


「ああごめん。つい語り過ぎちゃった。何分、1番好きな作家のことだから――」

「あ、あの、織原くん」

「なに?」


 問い掛けると彼女はしばしまごついた後にとんでもないことを口にした。


「あの……わたしのお父さん、小説家なんだ」

「ええっ⁉」


 作家も人間だし、当然家族がいるだろうが、それが今、目の前にいる。その事実に驚愕させられた。勢いそのままに「凄い! なんて人!」と聞いてはいけないことを聞いてしまったが、後の祭りだ。


「ああ、言えるわけないよね――」

「――ろう」

「え、なに?」

「本居貢太郎……わたしのお父さんが本居貢太郎なの」


 彼女が何を言っているのか呑み込めず意識を散らしたが、次第に俺は現実に引き戻されていく。そしてついに意識を取り戻した俺は――


「え、ええええええええええええええええええええっっっっ⁉」


 俺があまりに多き声を出したせいで小森さんはビクリと小さな体を跳ね上げた。


「あ、あの……信じて、くれるんですか?」

「小森さんが嘘つくわけないでしょ!」


 図書委員にあるまじき大声で言うと彼女はきょとんとしたが、次第に微笑みへと変わっていった。その安らかな表情のまま彼女は問い掛けてくる。


「会いたいですか、本居貢太郎に?」

「もちろん!」


 すると彼女は頬を紅潮させて今まで見せたことがないくらい華やかな笑みを浮かべて言う。


「じゃあ今日、お父さんに相談してみますね!」

「お願いします!」


 俺は直角90度の見事なお辞儀をした。そして盛大に頭をカウンターの縁に打つけた。


「うがっ!」

「だ、大丈夫ですか?」


 心配した彼女が俺の額に手を当てた。柔らかく温かいその感触に俺の思考は一瞬止まった。


……結愛(ゆあ)ちゃん。


『ほら! つむぎくんも、かいとくんたちといっしょにあそぼーよ!』


 小森さんの小さな手に俺は、幼き日にこの手に感じていた彼女の手の温もりを思い出された。


 幼く、純粋で、無垢で、男でも、女でもない。『ともだち』の手。俺の宝物だったもの……


「あ! ご、ごめんなさい、わたし、つい!」


 小森さんの声に現実に引き戻された。視界のに映る彼女は俺から距離を取り、右手を左手で庇うようにしていた。どうやら乱りに異性の体に触れたことを気にしている様子だった。その仕草に俺は感傷的な気持ちになったが、どうにか笑みを(つくろ)った。


「……はは、ちょっと燥ぎ過ぎちゃった」

「あの、大丈夫ですか? なんか顔色、悪いですけど……」

「あーうん。ちょっと強く打ちすぎたのかも」


 と、その時。ガラリと引き戸を開けて我が校にしては珍しい利用者が訪れ、2人の時間は終わりを告げた。

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