お話を伺いに参りましたわ!
その後、キッティはお父様を説き伏せて自ら男爵領に足を運んだ。
旅程は1日程度である。
『多少目立つのは仕方ないが、なるべくお忍びで頼む』とお父様に言われたので、一応女騎士のような男装を身に纏って腰に剣を差し、髪は後ろで三つ編みにしている。
ペルシにも、同様の服装をさせておいた。
そうして、意気揚々とミケノ男爵に会ったのだけれど。
「も、申し訳ございません!!!!」
と、夫人共々、会うなり深く頭を下げられた。
二人ともひどく憔悴した様子であり、キッティはきょとんとする。
「えっと、どうなさいましたの?」
その様子からして、ティル様が男爵令息ですらない、ということはなさそうである。
ーーーああ、むしろそのせいで憔悴しておられるのかしら?
男爵家ぐるみの詐欺ではない場合、今度は『息子が婚約までしておいて逃げた』という事実がのしかかってくるので、最悪処刑や領地間戦争があり得ることも考えれば当然なのかもしれなかった。
顔色が青を通り越して真っ白、目の下はクマで真っ黒なミケノ男爵が、深く俯いて話し始める。
「実は……帰宅日時を過ぎても、一向にティルが帰って来ず……」
男爵家はさほど裕福ではないものの、どうにか人手を集めて帰り道を捜索させたのだが、発見出来なかったらしい。
「こちらとアイズ伯爵領を繋ぐ山の道はしばらく雨が続いておりましたので、ぬかるみで転落していたり、あるいは土砂に巻き込まれたやも、とは考えていたのですが、そうした様子もなく……」
忽然と姿を消してしまった息子に、どうしたものかと途方に暮れていたと。
「何故それで、うちとの連絡が途絶えることになりましたの?」
「日程を決めるにしても、安否も分からないままでは……行方不明という事態を手紙で報告することもどうなのか、という話になりまして。キッティ様のお手紙も届いてはおりましたが、息子への手紙を勝手に開けるのも躊躇われますし……」
とりあえず一ヶ月ほどは捜索した上で、その間にどうにか、持参金の一部を返還できるだけの金を工面しようと金策に走り回っていたらしい。
それを手に、直接謝罪と説明しに来るつもりだった、と。
ーーーあらあら、人のよろしいこと。
ちょっと相手のことを考えるポイントがズレている部分はあるものの、善良な人々が家族になることは、キッティ的には喜ばしいことである。
だけれど、こういう方々だから貧乏なのかも、とも思った。
息子が行方不明なら心配だろうに、そこにお金を使い、その上自分たちより裕福な伯爵家の心配までしてお金の工面をしようなんて、気苦労が絶えないに違いない。
「まぁ、どうでもいいですわ、そんな端金」
「は、はし……?」
「別にティル様が本当に着服していたとしても、全然差し上げるレベルでどうでもいいですわよ! お渡しした持参金なんて、わたくし個人の財産にすら遠く及びませんわ!」
ポカン、とする男爵夫妻に、キッティは椅子から立ち上がって胸元に手を当てる。
「最初に宣言しておきますけれど、わたくし、もし詐欺師だったとしても、今のところティル様に嫁ぐつもりでしてよ!! その場合は、行動の真相がどれくらい面白いか、次第ですけれど!!」
「あの……それ、は、どういう……?」
「だってもし詐欺師だったのなら、このわたくしを完璧に欺き切ったということでしょう!? お相手している時に全くそんな気配を感じませんでしたもの! とっても誠実で、博識で、謙虚な方と思っておりましたわ!」
するとそこで、ペルシが軽く口を挟む。
「お嬢様はこういう方です。後、お嬢様は言わないと思いますので補足しますと、多分お嬢様が『欺かれていない』と感じるのであれば、ティル様は詐欺師ではないと思われますが……」
「嘘は吐き切れば真実ですのよ!? これまで演じられたのであれば、これからも演じられるでしょう! お金が欲しいならそれをお渡しするので、これまで通りのティル様を演じていただきますわ!」
「という風に『詐欺師である方が面白い』ので、もうそれしか考えておりません。何か面白そうなことがあると止まらない方ですので、とりあえず好きに思わせて満足いくまで放置するのが肝要でございます」
「は、はぁ……」
「おそらく、事故ではないにしても事件に巻き込まれたのでは、と伯爵家は考えております」
「さ、ミケノ男爵。この件について、今分かっていることを詳細に教えてくださいませ!」
キッティは椅子に座り直し、パチン、と指を鳴らした。
するとペルシが、スッと紙を取り出してテーブルの上に広げる。
それは、この近辺の地図である。
近辺といっても、伯爵領や王都の一部まで含んだものだ。
「まず、ティル様の足取りはどの辺りまで追えていますの? 男爵領までの旅程は大体5日ほど、間で土砂災害や道の封鎖などは、仰る通りにございませんでしたわね。もう一つの険しい山道側のルートを通ったとしても、8日〜10日ほどかと思うのですけれど」
そして旅程の内、平地には幾つか街や村がある。
山道以外の大部分が街道に面しているので宿泊所もあり、夜間はそうした施設を利用するのが一般的だ。
ティル様は最初、節約の為に野宿していたけれど、聞いた後はその分の旅費もキッティが予め私財から出していた。
それすらも着服して利用していない、ということもあり得るが、予約した宿泊施設があれば、そこで話を聞くことで、来ているかいないかくらいは分かる。
すると男爵は、山道に入る前の宿泊地を指差した。
「よ、予約はきちんと取って、ティルはその通りに動いていたかと思います。往路ではサインもありましたし。ただ、復路に関しては、ここまでです……男爵領側から辿って行ったので、それ以降は訪れた様子がありませんでした……」
「ふむふむ」
そこは、街道が幾つかに分かれている宿泊地である。
アイズ伯爵領から男爵領に向かう比較的安全な山道と、険しい山道。
別の街に向かう街道と、王都に向かう街道がそれぞれ一つ。
「ここで行方をくらませた、ってことですのね?」
「はい……山道はどちらも、一応報告では捜索したようですが、先ほど申し上げた通り、特に痕跡はなかったと」
「わたくし達が来た時も、特にそういう情報はありませんでしたわね?」
「はい」
キッティが尋ねると、ペルシが軽く頷く。
「何か他に変わったことは?」
「ええ……一応、何故かティルはそこで1日旅程を伸ばしているようです。自分の宿泊部屋は1日だけなのですが、うちの御者の為にもう1日分雑魚寝場所の分と、『本を積んだものと二台分の馬車』を1日置かせて欲しい、と頼んでいたようですね」
「あら。なら、その馬車と御者は?」
「引き取りにきたそうです。そして御者と共に行方不明になりました……」
「う〜ん……?」
確かに不可解ではあるものの、理由がよく分からない。
なので、キッティは一度それを置いておくことにした。
「向かった先がどちらの街か……の判断はつきませんわね」
顎先に指を当てて唇を尖らせると、ペルシがさりげなく口を挟んでくる。
「判断がつかない理由が、何かございますか?」
「どっちの街でも本は売れるからですわ」
アイズ伯爵領はかなり王都に近く、宿泊地も同様である。
そして街道が繋がっている『もう一つの別の街』というのは、学術研究に熱心な侯爵の領地内にある、学者の街なのだ。
その関係で、学者の街も本関連の商売が豊富で、古書店などもたくさんある。
どちらも失踪した宿泊地から1日程度で往復出来る距離で、どちらかに行ったのだろう、と推測出来るけれど。
「であれば、私の予想としては学者の街かと」
「あら、ペルシ。何か根拠がありまして?」
「王都に入るには、そもそも領主からの通行許可証と身分証明、もしくは王都から発行される有料の認可証が必要となります。王都外周の非認可住民の住む場所は治安が非常に悪いので、高価本を扱うような商家は存在しておりません」
「ああ、そういえばそうですわね」
キッティ自身はお父様から簡単に貰えるので、あまり考えたこともない視点だった。
ペルシはこうして、さりげなく教えてくれるので非常に助かる。
「許可証は日付入りで、一回ごとに発行だものね。今回はミケノ男爵は出しておられませんのね?」
「はい。特にティルから、発行して欲しいと言われたこともございませんね」
「なら、決まったわね」
キッティは、ニコニコと地図の一点を指さす。
「学者の街に向かいましょう♪ そこで、大量の本を売り捌かれた痕跡があるかどうか、探しますわ!」
行動が決まったので、キッティがお礼を述べて男爵邸を出ようとすると。
「お、お休みになられなくて大丈夫なのですか!? 1日くらい泊まっていかれても……」
「あら、必要ありませんわ」
うふふ、と笑って、キッティはヒラヒラと手を振る。
「こんな面白そうな状況で、止まっていられませんもの! 一刻も早くティル様を見つけて真相を伺わなければ!」
「と、仰っておりますが。おそらくもし事故や事件であった場合に一刻を争う、という部分もお嬢様は考えておられます」
「別に考えてませんわ。さ、行きますわよ〜♪」
余計なことをペルシが口にするのをピシャリと否定して、キッティは男爵家の庭に向かった。
「あの、つかぬことをお伺い致しますが」
「何ですの?」
見送りについてきたミケノ男爵が、庭に居座る『モノ』を目で見ながら、恐る恐る尋ねる。
「飛竜は非常に気性が荒く、数も少ない騎獣ですが……お二人がご自身で操ってこられたのですか……?」
「ええ。我が家は側近を含めて全員乗れますわね」
何せ、馬より楽で早いのである。
通常5日掛かる旅程が1日で済んだのも、この子達がいるからだ。
「……本当に失礼な質問で恐縮なのですが、キッティ様は伯爵令嬢であらせられますよね……?」
「ええ。ですが、我が家では普通なのです」
ふんふん、と鼻歌を歌いながら愛騎の鼻先を撫でたキッティは、鞍に跨って男爵夫妻に手を振る。
「では、お邪魔致しましたわ! ティル様は必ず見つけて参りますわねー♪」




