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禁断の七草粥

作者: ウォーカー
掲載日:2026/01/11

 七草粥。毎年一月七日に食べられるもの。

胃腸に優しい野草が具に入った粥である。

実は七草粥には、裏の七草粥と言えるものが存在する。

そんな禁断の七草粥を作ってしまった男がいた。



 その男は、昨年に都会からこの北海道に引っ越してきた。

理由は、都会の喧騒に疲れたから。

広くて穏やかな北海道で、一からやり直そうと思ったのだ。

ところが、現実は優しくない。

都会には都会の、地方には地方の悩みがある。

北海道はとにかく広くて、移動するのも一苦労。

慣れない車の運転では最初、移動もおぼつかなかった。

移動手段を得ると、次は職探しが待っている。

都会はえり好みしなければ、それなりに職はある。

しかし北海道には、人が少ないので、職そのものが少ない。

少ない職を少数の人達が苛烈に奪い合い、

その男はなんとかアルバイトの仕事を得ることができた。

贅沢はできないが、アルバイトの収入で生活はできる。

この辺りは、地方の物価の安さに救われた。


 その男がアルバイトにようやく慣れた頃。

北海道の厳しい冬がやってきた。

北海道の冬の寒さは、都会の冬を秋だと感じさせるほど厳しく、

その男は最初、寒くて眠ることもできないくらいだった。

しかし、気密性の高い建物に、ありったけの暖房を用意して、

ようやく北海道の冬を乗り切る準備ができた。

その頃にはもう、年明けが迫っていた。


 年が明けて新年。

その男は飢えていた。

暖房を用意するのに金を使ってしまったのと、

北海道では年末年始に休んでいる店が多かったから。

おせち料理など、もちろん今からでは用意できない。

正月は買い置きのインスタント食品でしのいだ。

「インスタント食品もいいけど、食い飽きたなぁ。

 せめて七草粥くらい、手作りで食べたいな。」

だがまだ町のスーパーマーケットや八百屋は開いていない。

そこでその男は、七草を自分で採ってくることにした。


 北海道には、広大な原野があり、あちこちに多種多様な草が生えている。

きっとその中には七草も含まれているだろうと、その男は考えた。

セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ。

おぼろげな知識に頼って、七草らしき草を採っていく。

「えーっと、これがセリで、こっちはナズナかな?

 ちょっと形が違う気がするけど、まあいいか。」

おぼろげな知識は、あやしげな行動に繋がっていく。

その男が採っていく草は、七草なのかあやしいものだった。

それでも一応、七草らしきものを揃えて、その男は家に戻った。

「こいつで七草粥を作るぞ。久々の手料理だ。」

その男は七草を手に入れて、胸踊らせていた。


 家に帰ると、その男は早速、七草粥作りに取り掛かった。

普段、あまり自炊はしない方なので、料理の腕もそれなりだ。

採ってきた野草を洗って刻むと、まんべんなく米と混ぜて煮込んだ。

だんだん米が炊けてきて、野草からもいい香りがしてきた。

「うーん、匂いだけでも美味しそうだ。

 さすが北海道。七草が自分で採れるなんて得したな。」

そう思ったのは、そこまで。

なにやら鍋の様子がおかしくなってきた。

粥を炊く湯気は赤紫色に染まり、鍋はマグマのように沸騰している。

「・・・七草粥って、こんなだったか?」

知識に乏しいその男には、七草粥の異変に気が付けない。

結局、最後にできあがったのは、

七草粥にしては怪しい見かけの粥だった。


 見た目は怪しいが、とにかく粥はできた。

その男は鍋を前に手を合わせて、笑顔になった。

「それじゃ、いただきまーす!」

ずずっと七草粥らしきものを一口すする。

口の中を、刺激を含んだ濃い味が通り過ぎていく。

「七草粥って、こんな味だったかな?

 七草粥は確か、疲れた胃腸を休めるためのもののはずだけど、

 これじゃまるで逆に精力剤みたいだ。」

その証拠に、その男の顔はぽっぽと赤くなっていった。

「でも味は悪くないな。美味しくいただこう。」

その男はお手製の七草粥をきれいに食べ終わった。

まるで体中に、エネルギーがみなぎるような感じがした。


 七草粥で疲れた胃腸を労る。

そのつもりが、その男のお手製七草粥は、ちょっと違ったようだ。

食べると体に精力が漲って、自分の体では無いような気がしてくる。

実際に鏡を見ると、頭には角が生え、背中には黒い翼と尻尾が生えていた。

「なんだ!?なんだこれ!?」

試しに頭の角を掴むが、どうしても取ることができない。

「これじゃまるで、悪魔になったみたいじゃないか!」

すると地の底から、禍々しい声が聞こえてきた。

「その通り。お前が今食べたのは、ただの七草粥ではない。

 悪魔になる七つの大罪の禁断の七草粥だ。」

「ど、どういうこと?お前は誰だ?」

「私は悪魔。お前とは違う、生まれついての純粋な悪魔だ。

 お前は今、悪魔化する粥を食べて、一時的に悪魔の力を手に入れたのだ。」

「悪魔化する粥?そんなものを作った覚えはないぞ?」

「覚えがなくとも、お前が作ったのは、れっきとした悪魔化する粥だ。

 その粥は悪魔の力をくれる代わりに、七つの大罪をもたらす。

 だが、悪魔の力があれば、七つの大罪の欲望も叶えられるだろう。

 安心して、悪魔の力を楽しむが良い。では。」

悪魔だと自称する声は、伝えることを伝えて消えてしまった。

「俺、悪魔になっちゃったのか?」

角と翼と尻尾が生えた姿で、その男は途方に暮れていた。


 七つの大罪とは、七つの欲望。即ち。

傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰。

早速、七つの欲望がその男を襲った。


 傲慢。

その男はとにかく、自分自身に自信を持つようになった。

「今の俺だったら、何でもできる気がする。

 空だって飛び回れるだろう。」

実際に窓から外に出てみると、背中の翼で飛び回ることができた。

自身の超常的な能力を確かめて、その男は自室に戻ってきた。

すると、次の欲望がその男を襲った。


 強欲。

「とにかく金が欲しい。だが、銀行を襲うのはまずいな。

 ・・・そうだ!宝くじだ。」

その男は、毎年の恒例として、年末ビッグ宝くじを買っていた。

宝くじの当選番号の発表は、偶然にも今開始されていた。

テレビの宝くじ当選番号発表を食い入るように見つめる。

「くそっ!外れたか!しかし・・・!」

惜しくも一等賞は外れてしまった。

しかし、一等賞以外の賞が当たって、それなりの大金が手に入ることになった。

「やったぞ!金だ!金が手に入る!」

嬉しさでその男は一人、小躍りをしていた。


 嫉妬。

宝くじで大金を当てたにも関わらず、その男の腹は煮えくり返っていた。

「くそっ!一等賞を当てた奴が憎い。妬ましい。

 呪いの力で何とかできないものか。」

できるかどうかはともかく、その男は、

宝くじの一等賞を当てた何者かへ呪いの念を送っていた。


 憤怒。

呪うのだけでは飽き足らず、その男は、

宝くじで一等賞を逃した悔しさを、部屋の中の物に当たり散らした。

ティッシュの箱を踏み潰したり、テーブルをひっくり返したり。

部屋が滅茶苦茶になってもなお、憤怒はまだ収まらなかった。


 色欲。

人暴れすると、急に下半身にエネルギーを感じた。

女を抱きたい。

その男は宝くじに当たった当選金を受け取ると、

その金の一部を持って、風俗街へ繰り出していった。

「さあ、金ならあるぞ!俺に抱かれたい女は誰だ?」

その男は金に物を言わせて、女に次から次へと手を出していった。

「きゃはははは!お兄さん、景気が良いね!」

「ねえ、次はあたしの番。」

金があれば女は買える。

宝くじが当たった金で、その男は、色欲を満たしていった。


 暴食。

女を買うだけでは飽き足らず、その男は食欲を発散していった。

高級料理を惜しげもなく次から次へと食べてゆく。

これもまた、宝くじが当たった金のおかげだった。

料理を平らげた皿を積み上げたところで、食欲は一段落した。


 怠惰。

その男が禁断の七草粥で悪魔の力を手に入れてから、

一度もアルバイトに顔を出していなかった。

宝くじが当たって、当面の金の心配が無くなったせいもあるが、

とにかく働く気が起こらなかった。

欲望を満たす時以外は、ベッドに横になって惰眠を貪る日々。


 その男は悪魔となって、七つの欲望を満たしていた。

この生活はいつまで続くのだろう。

宝くじの当選金を使い果たすまで?

そうすればまた強欲の力で金が手に入るだろう。

無限に続く欲望と快楽に、その男は浸っていた。

しかし、その生活に終止符が打たれようとしていた。

ピンポーン。

その男が自室で惰眠を貪っていると、玄関の呼び鈴が鳴った。

ピンポーン。ピンポーン。

眠いから放っておいたが、訪問者は中々諦めない。

しかたがなく、玄関の扉を開ける。

「はーい、どなたですか?」

すると玄関先には、スーツの男女が立っていた。

女の方が、何やらどこかで見たことがある手帳を見せて仕舞った。

「厚生労働省の麻薬取締官です。

 あなたは、西野三郎さんで間違いないですね?」

「えっ?ええ、そうですが。

 俺は麻薬なんてやってませんよ。」

「いえ、そのことについて、署で詳しく話を伺いたいんです。」

「お前が近所で大麻を採ってたことは、掴んでるんだよ!」

男の方が声を荒立てた。

文句を言う間もなく、その男は麻薬取締官たちに連れて行かれてしまった。

取り調べの結果、その男が作った七草粥の鍋から、麻薬の成分が検出された。

「ということで、あなたは麻薬取締法違反を犯しました。」

「そんな馬鹿な!俺は七草粥を食べただけだぞ!」

「その草は、七草ではなく麻薬の原料です。」

じゃあ!じゃあ!七つの大罪と欲望は?

あれも罪になるのか?

その男は確かに、宝くじを当てて、女と美食を楽しんだはずだ。

現に、悪魔の力があるはずだ。

ところが、額に手をやると、悪魔の角は消えてしまっていた。

背中の翼と尻尾もどうように、まるで最初から無かったかのようだ。

「うそだろ・・・?

 俺が七つの大罪を犯したのは、悪魔の力で・・・」

「まだ麻薬の効果が残っているようですね。

 医者を手配しましょう。」

そうしてその男は、医務室へ連れて行かれた。

男は医者に対して、自分は禁断の七草粥で悪魔の力を手に入れた、

と主張して引かなかった。

結局、精神状態に問題ありとされて、病院に送られることになった。

はたして、その男は本当に禁断の七草粥で悪魔になって、

七つの大罪とその快楽に浸っていたのだろうか。

それとも、麻薬の成分がそう見せかけていたのだろうか。

今ではもう誰にもわからない。

その男がやっと自由になった時、

もう二度と禁断の七草粥を作ることはできなかったから。

あれは夢だったのか。それとも悪魔の策略か。

最後にはただ、その男の前科だけが残っていた。



終わり。


 少し遅いですが、七草粥の時期なので、その話にしました。


北海道には大麻や麻薬の成分を含む野草が自生しているそうで、

作中の男はそれを使った粥を作って食べたとされました。

しかし悪魔の声は本当に気の所為だったのでしょうか。

もしかしたら、正月でもおめでたくない者たちが人間を狙ってるかも。


お読み頂きありがとうございました。


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