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禁断の七草粥

作者: ウォーカー

 七草粥。毎年一月七日に食べられるもの。

胃腸に優しい野草が具に入った粥である。

実は七草粥には、裏の七草粥と言えるものが存在する。

そんな禁断の七草粥を作ってしまった男がいた。



 その男は、昨年に都会からこの北海道に引っ越してきた。

理由は、都会の喧騒に疲れたから。

広くて穏やかな北海道で、一からやり直そうと思ったのだ。

ところが、現実は優しくない。

都会には都会の、地方には地方の悩みがある。

北海道はとにかく広くて、移動するのも一苦労。

慣れない車の運転では最初、移動もおぼつかなかった。

移動手段を得ると、次は職探しが待っている。

都会はえり好みしなければ、それなりに職はある。

しかし北海道には、人が少ないので、職そのものが少ない。

少ない職を少数の人達が苛烈に奪い合い、

その男はなんとかアルバイトの仕事を得ることができた。

贅沢はできないが、アルバイトの収入で生活はできる。

この辺りは、地方の物価の安さに救われた。


 その男がアルバイトにようやく慣れた頃。

北海道の厳しい冬がやってきた。

北海道の冬の寒さは、都会の冬を秋だと感じさせるほど厳しく、

その男は最初、寒くて眠ることもできないくらいだった。

しかし、気密性の高い建物に、ありったけの暖房を用意して、

ようやく北海道の冬を乗り切る準備ができた。

その頃にはもう、年明けが迫っていた。


 年が明けて新年。

その男は飢えていた。

暖房を用意するのに金を使ってしまったのと、

北海道では年末年始に休んでいる店が多かったから。

おせち料理など、もちろん今からでは用意できない。

正月は買い置きのインスタント食品でしのいだ。

「インスタント食品もいいけど、食い飽きたなぁ。

 せめて七草粥くらい、手作りで食べたいな。」

だがまだ町のスーパーマーケットや八百屋は開いていない。

そこでその男は、七草を自分で採ってくることにした。


 北海道には、広大な原野があり、あちこちに多種多様な草が生えている。

きっとその中には七草も含まれているだろうと、その男は考えた。

セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ。

おぼろげな知識に頼って、七草らしき草を採っていく。

「えーっと、これがセリで、こっちはナズナかな?

 ちょっと形が違う気がするけど、まあいいか。」

おぼろげな知識は、あやしげな行動に繋がっていく。

その男が採っていく草は、七草なのかあやしいものだった。

それでも一応、七草らしきものを揃えて、その男は家に戻った。

「こいつで七草粥を作るぞ。久々の手料理だ。」

その男は七草を手に入れて、胸踊らせていた。


 家に帰ると、その男は早速、七草粥作りに取り掛かった。

普段、あまり自炊はしない方なので、料理の腕もそれなりだ。

採ってきた野草を洗って刻むと、まんべんなく米と混ぜて煮込んだ。

だんだん米が炊けてきて、野草からもいい香りがしてきた。

「うーん、匂いだけでも美味しそうだ。

 さすが北海道。七草が自分で採れるなんて得したな。」

そう思ったのは、そこまで。

なにやら鍋の様子がおかしくなってきた。

粥を炊く湯気は赤紫色に染まり、鍋はマグマのように沸騰している。

「・・・七草粥って、こんなだったか?」

知識に乏しいその男には、七草粥の異変に気が付けない。

結局、最後にできあがったのは、

七草粥にしては怪しい見かけの粥だった。


 見た目は怪しいが、とにかく粥はできた。

その男は鍋を前に手を合わせて、笑顔になった。

「それじゃ、いただきまーす!」

ずずっと七草粥らしきものを一口すする。

口の中を、刺激を含んだ濃い味が通り過ぎていく。

「七草粥って、こんな味だったかな?

 七草粥は確か、疲れた胃腸を休めるためのもののはずだけど、

 これじゃまるで逆に精力剤みたいだ。」

その証拠に、その男の顔はぽっぽと赤くなっていった。

「でも味は悪くないな。美味しくいただこう。」

その男はお手製の七草粥をきれいに食べ終わった。

まるで体中に、エネルギーがみなぎるような感じがした。


 七草粥で疲れた胃腸を労る。

そのつもりが、その男のお手製七草粥は、ちょっと違ったようだ。

食べると体に精力が漲って、自分の体では無いような気がしてくる。

実際に鏡を見ると、頭には角が生え、背中には黒い翼と尻尾が生えていた。

「なんだ!?なんだこれ!?」

試しに頭の角を掴むが、どうしても取ることができない。

「これじゃまるで、悪魔になったみたいじゃないか!」

すると地の底から、禍々しい声が聞こえてきた。

「その通り。お前が今食べたのは、ただの七草粥ではない。

 悪魔になる七つの大罪の禁断の七草粥だ。」

「ど、どういうこと?お前は誰だ?」

「私は悪魔。お前とは違う、生まれついての純粋な悪魔だ。

 お前は今、悪魔化する粥を食べて、一時的に悪魔の力を手に入れたのだ。」

「悪魔化する粥?そんなものを作った覚えはないぞ?」

「覚えがなくとも、お前が作ったのは、れっきとした悪魔化する粥だ。

 その粥は悪魔の力をくれる代わりに、七つの大罪をもたらす。

 だが、悪魔の力があれば、七つの大罪の欲望も叶えられるだろう。

 安心して、悪魔の力を楽しむが良い。では。」

悪魔だと自称する声は、伝えることを伝えて消えてしまった。

「俺、悪魔になっちゃったのか?」

角と翼と尻尾が生えた姿で、その男は途方に暮れていた。


 七つの大罪とは、七つの欲望。即ち。

傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰。

早速、七つの欲望がその男を襲った。


 傲慢。

その男はとにかく、自分自身に自信を持つようになった。

「今の俺だったら、何でもできる気がする。

 空だって飛び回れるだろう。」

実際に窓から外に出てみると、背中の翼で飛び回ることができた。

自身の超常的な能力を確かめて、その男は自室に戻ってきた。

すると、次の欲望がその男を襲った。


 強欲。

「とにかく金が欲しい。だが、銀行を襲うのはまずいな。

 ・・・そうだ!宝くじだ。」

その男は、毎年の恒例として、年末ビッグ宝くじを買っていた。

宝くじの当選番号の発表は、偶然にも今開始されていた。

テレビの宝くじ当選番号発表を食い入るように見つめる。

「くそっ!外れたか!しかし・・・!」

惜しくも一等賞は外れてしまった。

しかし、一等賞以外の賞が当たって、それなりの大金が手に入ることになった。

「やったぞ!金だ!金が手に入る!」

嬉しさでその男は一人、小躍りをしていた。


 嫉妬。

宝くじで大金を当てたにも関わらず、その男の腹は煮えくり返っていた。

「くそっ!一等賞を当てた奴が憎い。妬ましい。

 呪いの力で何とかできないものか。」

できるかどうかはともかく、その男は、

宝くじの一等賞を当てた何者かへ呪いの念を送っていた。


 憤怒。

呪うのだけでは飽き足らず、その男は、

宝くじで一等賞を逃した悔しさを、部屋の中の物に当たり散らした。

ティッシュの箱を踏み潰したり、テーブルをひっくり返したり。

部屋が滅茶苦茶になってもなお、憤怒はまだ収まらなかった。


 色欲。

人暴れすると、急に下半身にエネルギーを感じた。

女を抱きたい。

その男は宝くじに当たった当選金を受け取ると、

その金の一部を持って、風俗街へ繰り出していった。

「さあ、金ならあるぞ!俺に抱かれたい女は誰だ?」

その男は金に物を言わせて、女に次から次へと手を出していった。

「きゃはははは!お兄さん、景気が良いね!」

「ねえ、次はあたしの番。」

金があれば女は買える。

宝くじが当たった金で、その男は、色欲を満たしていった。


 暴食。

女を買うだけでは飽き足らず、その男は食欲を発散していった。

高級料理を惜しげもなく次から次へと食べてゆく。

これもまた、宝くじが当たった金のおかげだった。

料理を平らげた皿を積み上げたところで、食欲は一段落した。


 怠惰。

その男が禁断の七草粥で悪魔の力を手に入れてから、

一度もアルバイトに顔を出していなかった。

宝くじが当たって、当面の金の心配が無くなったせいもあるが、

とにかく働く気が起こらなかった。

欲望を満たす時以外は、ベッドに横になって惰眠を貪る日々。


 その男は悪魔となって、七つの欲望を満たしていた。

この生活はいつまで続くのだろう。

宝くじの当選金を使い果たすまで?

そうすればまた強欲の力で金が手に入るだろう。

無限に続く欲望と快楽に、その男は浸っていた。

しかし、その生活に終止符が打たれようとしていた。

ピンポーン。

その男が自室で惰眠を貪っていると、玄関の呼び鈴が鳴った。

ピンポーン。ピンポーン。

眠いから放っておいたが、訪問者は中々諦めない。

しかたがなく、玄関の扉を開ける。

「はーい、どなたですか?」

すると玄関先には、スーツの男女が立っていた。

女の方が、何やらどこかで見たことがある手帳を見せて仕舞った。

「厚生労働省の麻薬取締官です。

 あなたは、西野三郎さんで間違いないですね?」

「えっ?ええ、そうですが。

 俺は麻薬なんてやってませんよ。」

「いえ、そのことについて、署で詳しく話を伺いたいんです。」

「お前が近所で大麻を採ってたことは、掴んでるんだよ!」

男の方が声を荒立てた。

文句を言う間もなく、その男は麻薬取締官たちに連れて行かれてしまった。

取り調べの結果、その男が作った七草粥の鍋から、麻薬の成分が検出された。

「ということで、あなたは麻薬取締法違反を犯しました。」

「そんな馬鹿な!俺は七草粥を食べただけだぞ!」

「その草は、七草ではなく麻薬の原料です。」

じゃあ!じゃあ!七つの大罪と欲望は?

あれも罪になるのか?

その男は確かに、宝くじを当てて、女と美食を楽しんだはずだ。

現に、悪魔の力があるはずだ。

ところが、額に手をやると、悪魔の角は消えてしまっていた。

背中の翼と尻尾もどうように、まるで最初から無かったかのようだ。

「うそだろ・・・?

 俺が七つの大罪を犯したのは、悪魔の力で・・・」

「まだ麻薬の効果が残っているようですね。

 医者を手配しましょう。」

そうしてその男は、医務室へ連れて行かれた。

男は医者に対して、自分は禁断の七草粥で悪魔の力を手に入れた、

と主張して引かなかった。

結局、精神状態に問題ありとされて、病院に送られることになった。

はたして、その男は本当に禁断の七草粥で悪魔になって、

七つの大罪とその快楽に浸っていたのだろうか。

それとも、麻薬の成分がそう見せかけていたのだろうか。

今ではもう誰にもわからない。

その男がやっと自由になった時、

もう二度と禁断の七草粥を作ることはできなかったから。

あれは夢だったのか。それとも悪魔の策略か。

最後にはただ、その男の前科だけが残っていた。



終わり。


 少し遅いですが、七草粥の時期なので、その話にしました。


北海道には大麻や麻薬の成分を含む野草が自生しているそうで、

作中の男はそれを使った粥を作って食べたとされました。

しかし悪魔の声は本当に気の所為だったのでしょうか。

もしかしたら、正月でもおめでたくない者たちが人間を狙ってるかも。


お読み頂きありがとうございました。


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