巫女はビンタで叩き出す
ビンタで体内の……を浄化する巫女の話。
「せえの!」
思いっきり少女の顔を、(「ごめんね」と思いながら)ビンタした。
もうなにをいっているのかわからない声とともに蹲った少女。
かわいいリボンを飾った髪はぐちゃぐちゃ、豪華なドレスもくしゃりと姿勢に添う。
顔はもっとひどいことになっていて、ぼろぼろと涙をこぼし……その涙が黒く染まった。
それを見せるまいとしたのかうつ伏せになった、かと思うとオモチャのような動きでのけぞり、またうつ伏せになって
「ぅごえっ!」
四つん這いの体勢からごぼごのと吐瀉を始めた。
ただしそれはまともな吐瀉物ではなくて、濁った虹色はしているわ、黒い煙を吹いているわ。
「……御下がりください。瘴気です」
周囲でざわめく高位貴族や一段高い所におられる国王夫妻に警告する。
「め、メレーヌ!」
「殿下、御気を確かに!」
そして少女……メレーヌ・ペイネ伯爵令嬢の隣にいた第一王子殿下が動き出す前に、そちらにもビンタを叩きこんだ。
殿下の場合は鼻血よろしく、でろりと黒いものが鼻から垂れ、床に落ちるところで煙に変わった。
よし、両者射程内。
私は胸の前で手を打った。
もちろんただ手を叩いただけではない。
そこに神経を集中し、きゅっと固めた力を、こちらも力を集めた手のひらで叩き潰して放射状に強く拡散させた。
たちまち殿下と令嬢の周囲にわだかまっていた黒煙が消し飛び、吐瀉物から濁りが消え色が薄れ、最終的には実体もなくなってしまった。
……よし、浄化完了。
私はできるだけ優雅に、国王夫妻におじぎする。
「緊急事態ゆえ、御前を騒がせましたこと、お許しください」
淑女のようにはいかなかったけれど、こちとら平民。
陛下には広い心でご寛恕いただかないと。
それに令嬢と殿下がやらかすまえに浄化できたのだから、むしろ褒めていただきたい。
「……うむ、見事であった。誰ぞ、王子と令嬢を」
軍人と違って貴族はドストレートな暴力、それも女からのは見慣れていないのだろう、完全に言葉をなくしていた他の貴族と違い、国王陛下はたちまち立て直したが、王妃陛下は真っ青だった。
うん、仕方ない仕方ない。
殿下と令嬢は近衛騎士たちにより担架で運ばれ、私は色とりどりのドレスの海を割りながら出番までいた控えの間に下がり、そこへ用意されていたお茶とお菓子をもらうことにした。
しかしまぁ、まさか二度目なんてねぇ。
私は山間部の小さな村の社で、浄化の務めを課された水の巫女として、日々水の浄化に励んでいた。
社に持ち込まれる水瓶を、大巫女さまとともに瘴気や汚れを浄化して使用できるようにするのが仕事。
幼い頃から毎日頑張っていたが、ある日すっころんで水瓶にぶつかったら、それだけで浄化ができてしまった。
改めて水瓶の胴体を力を込めてはたいたら、それがぶつかる破裂音とともに浄化できた。
報告した大巫女さまにはできなかったけれど、「この腕を磨きなさい。そしてできた時間で学問を積みなさい」とおっしゃられた。
朝から晩まで、二人でやり続けることでこなせていた浄化の仕事はこの日から変わり、最終的には朝晩二回、大きな水槽に貯めた水を叩くことで汚れも瘴気も浄化できるようになった。
おかげで大巫女さまから様々なことを教わったり、社の書庫の書物で学問を修めることもできた。
大巫女さまご自身も、社のお仕事を夜遅くまでしなくてもよくなった。
あと……水叩きがなにやら爽快だということで村の人たちが見物に来るようになった。解せない。
大巫女さまは「気晴らしになるならいいのでは」と笑っていたけれど。
そしてこの瞬間浄化とでもよぶべき技が評判になり、かねて国家的懸念となっている降り魔の浄化に使えるのではないかと今回王家に招待されたというわけだった。
なんでも急に様子がおかしくなった令嬢が降り魔に憑かれた可能性があるから、浄化してほしいと。
それまでは控えめで絵にかいたようなお姫様だったというのに、急に変な学問に手を出し、政治にも妙で合わない口出しを始め、派手でいて幼稚な服飾を好むようになったり……話に聞いたのはそのくらいだったけれど、他にもいろいろやっていたのだろう。
もともと、水の社に仕える巫女は降り魔の浄化にも手を貸していたが、瘴気を瞬間浄化できるなら降り魔もまた浄化できるのではないか、その可能性にかけたそうだ。
降り魔だとすれば、ダメで元々ということもあったからだろう。
二個目のお菓子を咀嚼しながら物思いにふけっていたとき、ドアがノックされて御典医のおじいさんが入ってきた。
「お世話になりました」
深々と一礼するのに、私も慌てて同じくらい深く礼の姿勢をとる。
「お二方とも、目をお覚ましになられました。お身体は無事でしたが、ここ半年もの記憶を失っておられました。やはりあれは」
私はゆっくりと呼吸を整える。
「はい、降り魔の一種でしょう」
降り魔。
この国や周辺国にまれに発生する、憑依する魔物であるとされている。
降り魔に憑かれると、最初はすばらしく魅力的になる。
魅了に近いほどの魅力を発する。
それによって周囲を自分の味方に変え、自分の居心地をよくしていくのだが、その「周囲」の外側は敵に変えてしまうような強引な変化だ。
そして「周囲」の半径は狭いほど強く引きつけ、反面強い拒絶を生む。
平民ですら、王国上層部に食い込んできたこともある。
そうして、国を傾ける……。
その末がどうなるかを、歴史書は嫌というほど繰り返し記していた。
だから、ある程度の貴族であれば降り魔の兆候を見せた子は即対処する。
浄化ができる水の社に預けて、あるいは捨てて、長い時間をかけて浄化をするのがよくあるルートだけど、平民は魅力的になるというメリットのために見過ごされやすい。
それに加えて、貴族でも急性発露した場合は、数カ月で降り魔が侵食してしまうため対処できない。今回の伯爵令嬢のように。
……急性発露の場合は悲惨だ。
それと判別されると影響を受けた人物ごと捕らえられ、遠方の社へ療養に出されることになり、二度と家に帰ることは許されない。
そうなるはずだった。今回の二人も。
だけど今回はなんとか間に合ったんだろう、降り魔を排出させることができれば、従来よりもさらに心身へのダメージも減らせるのではないか。
そう考えた御典医の思惑は当たったみたいだった。
私は安堵のため息をついた。
「あなたならできる」と大巫女さまには背中を押していただけたけれど、実際に降り魔に憑かれた人の前に立てば足も震えた。
ビンタから力が抜けていたらどうしようと思ってもいた。
最後の一口のお茶を飲みほして、やっと落ち着いた気持ちになる。
立ち上がると、控えていたメイドさんが素早く私の前のお菓子を包む。
最初から持ち帰らせるつもりだったらしい。
「それでは、私は社に戻ります」
「お会いになられないのですか、第二王女殿下」
私は静かに微笑んだ。
「第二王女は、もういません」
もう十何年も前のことだ。
1歳になるやならずの第二王女が、流ちょうに独り言をしゃべっていたのを王妃陛下が見つけた。
彼女はすぐに夫に伝え、第二王女は力ある大巫女のもとへと送られ、そのまま……亡くなったと公表された。
降り魔を浄化しきるまで数年、そして療養に十年。
それだけのマイナスがつくとわかっている王女を戻すわけにはいかない。
むしろ社で静かに、政争とも無関係に過ごさせようとするのは有情だと……今では思っている。
社へと帰る馬車の中で、私は油紙の袋に入った焼き菓子を一枚つまんだ。
社での食事では縁遠い、バターと砂糖の風味が口いっぱい広がる。
「おかあさん、おとうさん……」
ぽろ、と涙がひとつ零れた。
愛しい子が、大事な兄姉弟妹が別人にすり替わってしまう降り魔は周辺諸国共通の悩みだ。
原因もなにもわからない。
降り魔はまた、どこからか降ってくるだろう。
もしかしたら別の国にかもしれない。
それを残さず退治できるなら、いつか……戻ることはできずとも、両親の小さな自慢くらいにはなれるかもしれない。
降り魔は忌むべきもの。それが降ってくるのを遠回りにでも待っているだなんて、私はまだ浄化されきっていないのかもしれない。
そっと、顔をはたいてみた。
降り魔=成り代わってくるどこかの誰かの魂、ですが、降ってわいたように出てくる(周辺の人間の見方からすると)なので通り魔のように降り魔と呼ばれているものです。
この作中の国や周辺諸国ではめちゃくちゃ嫌われています。
降り魔にならない成り代わりについては、そも発見・浄化されることもないので名前はついていません。




