S4−11
車は的野親子を乗せて、ゆっくり走り出す。
隣に座っていた大翔は、景色が
よく見えるはずがない車窓に引っ付いて
外を眺めていた。
弾いて流れてる水玉が、気になるのかな。
「コンサート前の心構えとして、
橋本先生の曲を聴きませんか?
私の、選りすぐりなのですけど。」
「おぉ、いいですね!」
沙綾がショルダーバッグから取り出したのは、
1枚のCDアルバム。
その存在を夏芽は、よく知っていた。
橋本先生は、名のあるアーティストの作曲を
手掛けたり、創作ピアノ曲集も出版している。
今でも、疑問。
そんなレジェンド級の先生と
母親の繋がりは一体、何なのだろうって。
気になって聞くけど、なぜか
はぐらかされて教えてはもらえない。
先生に聞こうかなと、思ったことあるけど······
とてもそんな雰囲気じゃなくて。
怖くて、無理だった。
今でも、彼女にとって最大の謎である。
水を切って走る音だけが響く
車内に、ポロポロと音色が零れ始める。
雨模様が、より一層BGM感を引き出した。
この曲のタイトルは、『躍動』。
丸い雨粒が、同じ方向へ流れていく様子が。
とても、合っていた。
一粒一粒、生きもののように見えてくる。
『生きる力』がテーマの、このアルバム。
何回聴いたか、数えきれない。
ある時は、元気づけられ。
ある時は、涙が溢れた。
皆、車内に響き渡るピアノの音色に
耳を傾けていた。
誰も、言葉を紡ぐことなく。
時折、彼女の瞳は、彼の姿を映し。
そして彼も、車窓に映る彼女を
知られずに視界へ入れ。
高鳴る鼓動と、
鼓膜を震わせる感覚が。
互いに、心地好さを生み出していた。
それが、自然と微笑みを浮かべ。
この時間は、特別だと。
このまま、ずっと、いられたらと。
小さな明かりを、心に灯した。
開催されるコンサート会場は、
数十年前に建てられたのもあり
最近全改装されて、真新しい姿になっていた。
その記念として、
数多くの著名人が訪れている。
夏芽たちが到着した頃には、
開始約30分前というのもあり
多くの人がホール前に集まっていた。
大翔の様子が心配だったが、
しっかり手を繋いでくっ付いているものの
逃げずに、じっとしている。
大翔、強くなったよね。えらいよ。
「今の内に、みんなで撮っちゃいましょう。
ポスターの前がいいわね!」
沙綾に誘導されて、ホール横に貼られた
ポスターに一同、集まっていく。
「すみません!撮っていただけますか?」
「いいですよ。」
ママの機動力とコミュ力、ハンパない。
見ず知らずの人に話しかけて、
撮影を頼むとか。自分は無理だ。
······
ピアノに向かう、橋本先生の姿。
久しぶりに見た。
夏芽は、少し怯えながらも。
しっかり、向き合った。
ラスボス感、増したけど。
きれいで、かっこいいな。




