S4−7
「おぉ、夏芽ちゃん。
気をつけて帰るんよ。」
廊下を通りかかったところで、恭佑が
リビングから姿を見せる。
「あ、はいっ······今日も、
ありがとうございましたっ」
取り繕うように笑い、ペコペコ頭を下げて
急ぎ足で玄関へ向かう。
気を抜くと、顔が緩みすぎて
変顔になりそう。
ニヤけが、止まらない。
逃げるように玄関のドアを開けたら、
少し強めの風が吹き込んだ。
蒸し暑さに変わりはないが、今の状態では
涼しいとさえ思えた。
あ。もう秋なんだなぁ。と。
感じてしまう程に。
自転車のカゴにトートバッグを入れ込み、
風で舞い上がる髪を抑えて
夜空を仰ぐ。
お月さま。きれいに半分だ。
どこからか、鈴虫の声も聞こえる。
ここって、自然が身近だから
季節を感じ取りやすいよね。
どくどくしていた心臓も、ようやく
鎮まっていく。
はぁ。と、ため息をついた。
モヤモヤしていた気持ちは、
残らず綺麗に吹き飛んだけど。
別の問題が、生まれた気がする。
悩みごとって、尽きないな。
自分の心臓は、どうしてしまったんだろう。
いつか爆発して、弾け飛んでしまうのでは。
本気で、心配する。
たっぷり葉が付いた桜の木が、大きく揺れた。
笑っているように見える。
えへへ、と。
思いっきりニヤけて、すんとする。
キモいよね。自分。
いいよ。笑って。
だって。めちゃくちゃ嬉しいんだもん。
『浴衣、ばり似合っとったよ。
かわいかった。』
うわうわ。ヤバい。あはは。うれし。
時間差で、良かった。
その時聞いてたら、多分、
ニヤニヤが隠せなかった。
自転車のスタンドを倒し、ハンドルを持って
ゆっくり押し出した。
乗らずに、押して歩いていく。
漕いだら、すぐ家に着いちゃう。
まだ少し、浸りたいな。えへへ。
押していく度に、からからと音が鳴る。
聞いていると、心地よくなって
だいぶ落ち着いてきた。
風も弱まって、穏やかに過ぎていく。
暗がりの所では、実が付いて
垂れ下がった稲穂が揺れていた。
もう、収穫されちゃうのかな。
お日さまに照らされた風景、
まだ見ていたいな。癒やされるんだよね。
とてもすごく、お気に入り。
何枚撮ったかなぁ。
小さく、校歌を口ずさむ。
今まで、何気なく歌っていた。
義務、というか、仕方なく。
唱磨くんの歌声を聴いて、
ちょっと変わった。
結構、いい曲だし。いい歌かも。
そう思わせたのは。
彼の歌声が、良かったからなのか。
校歌の良さが、分かったからなのか。
不確かなまま、夏芽は
帰路の時間を堪能した。
あっという間に過ぎていく、日常でも。
今日は特別良い日だったな、と。
身体と心に刻まれる時間が、あるのだと。
思い出して、微笑む時が来るのだと。
そう、彼女が自覚するのは。
まだ、先の話である。




