sinfonia 1 A-Dur
二人が的野家から帰ってきた頃、
引っ越し業者が荷物の段ボールを
運んでいる最中だった。
見知らぬ者たちが家の中で溢れ返った為、
大翔は逃げるように庭へ出たらしい。
付き添うように、秀一が並んで立っていた。
「あっ、その荷物は
ここへお願いします!」
業者たちに、沙綾は
テキパキと指示を出している。
手際よく各部屋に置かれていく様を、夏芽は
邪魔にならないように見守った。
「良かったわ〜!
教えてもらえる事になって!」
小野田家の少し早めの夕飯は、
デリバリーサービスで頼んだ蕎麦だった。
今日まで家事は、お休みです。
そう、ママは宣言した。
全然いいよ。いつもありがとう。
パパは労うように、言葉を返した。
大翔が元気だった頃は、二人とも働いていた。
会話も少なくて、
仲が良いのかも分からなかった。
家族顔を揃えての食事も、月にあるかないか。
仕事と家事を分担するようになってから、
二人に笑顔が少しずつ戻った気がする。
これは、大翔のお陰かもしれない。
リセットしたのは、
悪いことばかりじゃない。
「ピアノ教室は、
閉めるって事だったんだろう?
お前、無理言ったんじゃないのか?」
「無理なもんですか。
快く引き受けてくださったわ。」
まだ少し肌寒いから、
温かいおつゆが掛かった蕎麦。
トッピングは断然、おあげさん。
大翔は、黄身が浮かんだ月見そば。
卵、ホント大好きだよね。
ママは、超絶デカいごぼう天······
えっ。それ、普通サイズ?
「橋本先生のお力添えがあったのは、
大きかったかもね。」
「······良かったな。感謝しなくては。」
パパは、蕎麦といったらいつも
トッピングなしの大盛りそばだ。年中無休。
「特別に夏芽だけなんて、うふふっ。
何か嬉しくって。」
ママの熱意に、的野先生が
負けたような感じだったと、自分は思う。
「······本当に、いいのかな。」
ポロッと、口に出してみた。
自分の、ピアノに対する姿勢は、
しっかりしてないのに。
「いいに決まってるでしょう?すごいわ!
的野先生はね、橋本先生お墨付きの
ピアニストなのよ?今は退いて、
育成の方に注がれていらっしゃるけど。
その方に、特別に教えてもらえるなんて······
これは、恵まれているとしか思えないわ!」
ママは上機嫌だ。
習うのは、自分なんだけどね。
「あまり、プレッシャー掛けるなよ。」
パパ。ナイスアシスト。
「プレッシャーじゃなくて、サポートよ!
夏芽には才能があるの。
伸ばしてやりたいの。」
······
早いとこ食べて、ピアノ弾いちゃおう。
自分がピアノ弾いてる時は
ママ、おとなしいから。
この蕎麦のおつゆ、美味しいな。
飲み干したいくらい。
「ごちそうさま〜」
「あら。早いわね。オレンジ、あるわよ?」
「あとでもらう〜」
帰りコンビニに寄り道して見つけた、
大きなオレンジ。
ママが一目惚れして、ゲット。
とても色が良くて、美味しそうだった。
ピアノ頑張った後の、ご褒美にしよう。
何もないっていうのは、
ちょっと訂正しようかな。
ここには、美味しい食べ物が
いっぱいありそう。太らないようにしないと。