S4−6
このまま、消えたい。消えてしまいたい。
そう思い始めていると。
「······あぁ······
なるほど······そうやったんか。」
小さく、彼の声が響いた。
屋根越しに、ちらっと窺うと。
視線を床に落として、
今まで見たことがない
複雑な表情を浮かべていた。
「······やっぱり、
俺が、悪かったんやな······」
片手を後頭部にやりながら、
言いにくそうに告げる。
「······
浴衣、ばり似合っとったよ。
かわいかった。
······こういうのって、
言いづらいったい。なんとなく。」
うわっ、と。
思った瞬間に、ぶわっ、と。
全身の熱量が、爆上がりした。
「今度からは······言うようにするけん。」
「えっ、いやっ、そっ」
「やけん、許してほしい。」
「ちょっ、まっ」
「あの時は、ごめん。」
深々と、頭を下げられて。
何も言えず、口をパクパクさせた。
ゆっくり上げられた彼の顔は、
真っ赤に染まっていて。
自分も負けないくらい、
顔が熱くなっていて。
この状況は、一体、なんだろう。
何とも言えない空気の中、彼から
言葉が投げられる。
「提案が、あるっちゃけど。」
「······なっ、
なんでしょうか······?」
提案、と言われて。
思わず口調が、おかしくなった。
「名前で、呼ばん?」
「な、名前?」
「名字呼び、本当は嫌っちゃんね。」
そう言われて、驚いた。
実は、自分も。と、思っていたから。
「気にするなら、呼ばんけど。」
「······きっ······
気にしない、けど······」
「······じゃあ、呼ぶけんな。」
「······う······うん······」
少し、しんとする。
それが、そわそわさせた。
「······か、帰るね。」
今この場にいたら、
突き出さんばかりに激しく打つ心臓に
打ちのめされそうだった。
夏芽は、向けられる唱磨の視線に
耐えながら、ソファーへ踏み出す。
無事にトートバッグを救出できたところで、
声を掛けられた。
「······校歌の件、了解ってことでよか?」
首を振るには、まだ心の準備が
間に合っていなかった。
「······ちょっと、考えたい。
あとで、すぐに、返事する。」
言い残して、部屋のドア前に立つ。
「夏芽」
呼びかけに、鼓動が大きく波打った。
「また、明日な。」
今、振り向いて、応えるには。
合わせる顔が、ない。
「······うん。また明日ね。」
唱磨、くん。
吐き出したのは息で、空気に溶け込む。
きっと、届いていない。
でも、今、これが限界。
ドアを開けて、踏み出す。
心の中では。
いっぱい、呼んでるのに。
発音しようとすると、難しくなる。
『夏芽』
ヤバい。
こんなに、嬉しいもんなの?




