S4−5
「だ、大丈夫だよっ。何も、なかったよっ。
あれは、その、
情緒不安定だったというか······」
くだらない、自分の欲しがりを。
晒すなんて、恥ずかしすぎる。
「何も、なかったよ······」
「······」
「······なに、も······」
「ごめん。俺が、気づかんけん。
言われんでも、
分からないかんやったんやろ。」
「ち、違うよ?謝らないでっ。的野くんは、
何も悪くないってばっ!」
「遠慮せんでいいって、言ったやんか。
まだお前は、遠慮すると?」
遠慮?これって、遠慮になるの、かな?
ち、違うよね?これって、ただの
欲しがりなわけで······
浴衣似合ってる。かわいい。って、
言葉が欲しかったとか。
そんな、そんな恥ずかしいこと、
言えるわけっ······
「隠さんで、はっきり言ってほしいんよ。
これから同じ事、繰り返さんように。」
「······」
「何が、ダメやったと?」
真剣すぎる問いかけと、眼差し。
それが、もうダメ。限界。
目を、合わせられない。
耐えきれなくなって、夏芽は無理矢理
顔を俯かせる。
鍵盤の白と黒を視界に入れて、
何とか落ち着こうとした。
唱磨くんは。
自分が、自分勝手に怒った
あの時の事を、引きずっていて。
ホントに、真面目に、
悩んでくれていたなんて。
その事実に、ちょっとどころではなく
かなり申し訳なく思い始めた。
自分の、くだらない欲しがりのせいで
彼の貴重な時間を使わせて。
それって、逆に、もう、晒して
謝った方が、いいのでは。
このまま、変に気を遣わせて壁作って
引きずるくらいなら。もう。
自分が、恥ずか死にしたら、いいのかも。
ぐるぐると、色々な考えが
頭の中を巡った。
酸欠になる。そう思って、息を吸う。
「······ゆ、かた······」
吐くと同時に、ポロッと言葉が
一緒に漏れた。
心臓も、どくどくしすぎて
出るんじゃないかと思える。
「浴衣?」
彼の聞き返しに、もう隠せないと諦めて
白状するように告げる。
「······浴衣、着て······
オシャレ、したのに······
自分の、こと······
何とも、思わなかったのかなって······」
部屋を、今すぐにでも飛び出していきたい。
「下駄で、コケて······
手を怪我したら、とかの心配は······
もちろん間違ってないけど······
そんなんじゃなくて······その、
違うでしょっ?って、思って······」
あー、もう。何言ってるか分かんない。
鍵盤、両手でバンバン叩いちゃっていいかな。
いや、叩いちゃダメなんだけど。
ヤバい。恥ずかしすぎる。
口にすると、ホント、どうしようもない。
耐えられない。
そう思って本当に帰ろうと思ったが、
トートバッグをソファーに置いていたのに
気づき、どうすることもできず
グランドピアノの屋根に隠れるようにして
身を縮めた。
苦しい、無言の時間が漂う。




