S4−4
声にも、だ。
声変わりが落ち着いてきたのか、
いい感じの低音に響く。それが。ヤバい。
「······
楽譜、ないから······」
「楽譜、まだもらっとらんっちゃんね。
······調音は?できとるやろ。
正確に弾かんでよかけん。」
無理。と、はっきり言えないのは。
自分の中の、負けず嫌いが浮上したから。
「······D、だよね?」
「合っとる。自信持て。」
彼が口にする力強い言葉は、
最強魔法となって彼女を鼓舞する。
校歌の難易度は、高くない。
調音できてる。特別な技法も、ない。
冷静に分析できるのは、
自分のレベルが上がったからなのか。
唱磨くんの魔法が強力なのか。
分からないけど。
夏芽は、すぅ、と息を吸って
ふわりと鍵盤に両手を置く。
吐くと同時に、滑らかに弾き始めた。
4小節の前奏があって、歌い出しになる。
彼の歌声が、彼女の耳へ
舞い込むように届いた。
まさか、歌うとは思っていなかったので
少し動揺するが、
演奏を止めることなく続ける。
アルトに近い、綺麗な低音。
はっきりと発音される唱磨の声音は、
夏芽の心を撫でるように包み込んだ。
とくん、とくん、と。
心地好く、重なる。
唱磨くん、めっちゃ上手い。良い声。
あぁ。もう終わっちゃう。終わりたくない。
二番も、歌ってほしい。
そう思って演奏を止めず続けると、
彼は笑いつつ、それに乗ってくれた。
結局、みっちり三番まで続いた。
終わった瞬間、互いに可笑しくなって笑う。
「あははっ!小野田が続けるけん、
全部歌っちまったやんかっ!」
「だって、的野くん、めっちゃ上手いから
止められなかったんだもんっ」
「校歌、ガチで全部歌い切ったの
初めてやったっちゃけど!」
ひとしきり笑った後、唱磨は
ソファーから立ち上がった。
真っ直ぐに、視線を向けられる。
夏芽は、それを逸らせず
倣うように椅子から立ち上がって
目を合わせた。
逸らせなかったのは。
逸らすな、と。言われているみたいに、
強い眼差しだったからだ。
そして、今になって気づく。
彼の背が、自分よりも少し
高くなった事に。
「······
この間の、盆踊りの時。
お前が何で怒ったのか、今でも分からん。
それが、今でもずっと引っかかっとって。
確実に、俺が原因なんなろうけど······
教えてくれん?」
こんなに、真っ直ぐ聞かれるなんて。
自分と同じように。
楽友も、あの時の事を気にしていたんだ。
どうしよう、と。何て答えれば、と。
動悸が激しくなるとともに、
心の底から困惑した。
「頼む。」
「た、頼まれても······」
「このままもう、引きずりたくない。」
見えない壁が生まれた事。
楽友も、それに気づいていたんだ。
「小野田。」




