S3−30
唱磨は、屈託のない彼女の笑顔から
目を逸らせなかった。
さっきは、直視できなかった。
いつもと違う姿だからなのか。
やけに輝いて見えるからなのか。
でも、今は。逸らせなかった。
ずっと見ていたいと、思えるほどに。
焦点を、合わせてしまう。
瞬きも忘れたのかと思うくらいに
固まっている楽友に、夏芽は首を傾げる。
「······どうしたの?」
その声掛けで、はっと彼は我に返った。
「······よ、良かった。
気に入ってもらえて。」
ぼそ、と呟いて、視線を宙に泳がせる。
「ちょっとだけ待っててね!
メイク直してくるわっ!」
嬉しくて仕方ない様子で
慌ただしく階段を上がっていく沙綾に、
二人は吹き出して笑った。
「ママが一番楽しそう。」
「うん。」
そして、自然と大翔の方へ目を向ける。
装着されたお面のお陰で、
表情は読み取れない。
しかし、夏芽と手を繋いで
じっとしている彼は、
落ち着いているように見える。
大きな一歩を、踏み出してくれた。
それが嬉しくて、
微笑まずにはいられなかった。
からころ、かろころ。
歩く度に、普段聞き慣れない
独特な音がする。
下駄の音って、いいよね。和むなぁ。
ドン!ドドン!と、太鼓の音が聞こえてきた。
「始まっちゃったのかしらっ」
「練習だと思います。」
「ふふっ!太鼓って、いいわよねぇ!」
「はい。俺も大好きです。」
はしゃぐママと、笑って話す唱磨くん。
二人は、自分たちの前を歩いている。
それを後ろから見ることって、ないよなぁ。
なんか、不思議。
雨が降らなくて良かったけど、
熱帯夜のせいか、風が生温い。
浴衣って、周りからみると涼しそうだけど
着ている方は暑いんだよなぁ。
繋いでいる大翔との手の間に、
汗が滲んでいる。
でも、離そうとは思わなくて。
大翔も、離そうとはしない。
さっき、悠乃と前田くんには
大翔の事をスマホで伝えておいた。
話し掛けずに、そっとしておいてほしい。と。
二人は、了解、と送ってくれた。
前から、ほん少しだけ事情を
教えていたのもあったけど、その時も
深く聞かれることはなかった。
それが、すごく助かるなと思った。
何て答えていいのか、分からないから。
近所の公園は、いつも見ている
穏やかな景色とは思えないくらいに
たくさんの人で賑わっている。
この場所に、こんなに人が集まるって。
しかも、ホントに
真ん中にやぐらがあって。
太鼓を叩いている人がいて。
急に、お祭り騒ぎ。
「あぁ、小野田さん!ようこそ!」
「あらっ、ふふっ!どうも先生!」
入り口付近の出店で、もういきなり
的野先生がいた。
頭に、タオル巻いてるっ。
普段の雰囲気と、全然違うっ。
完全に、屋台の人化してるっ。
「こんばんは、夏芽ちゃん!
うわぁ!浴衣姿素敵だね!」
このくらい、爽やかに言われると
素直に嬉しい。
「あっ······えへへっ。こんばんは、先生。」
先生の視線が、ちらっと大翔へ向いたけど
すぐに外して、何も触れなかった。
お面のこと、多分先生も知ってる。
察してくれたんだ。きっと。




