S3−28
沙綾に背中を押されつつ夏芽は、部屋を出ると
階段を下りて玄関へ歩いていく。
浴衣という普段着慣れない足元の締め付けに、
歩幅を細かく刻みながら。
近づく度に、鼓動の波も激しくなる。
「い、インターホン出ないとっ」
「きっと唱磨くんだから大丈夫よ!」
これでもし宅配の人だったら、
ホントに恥ずかしすぎるんだけどっ。
玄関のドア前に立ち、
すー、はー、と深呼吸をする。
落ち着かせる方法を最近知って、
少しは効果があるものの。
どっ、どっ、と高鳴ったら、
なかなか治まってくれない。
そう。スルーができない状態に、
なってきている。
苦しくなるばかりで。
ホントに、どうすればいいか分からない。
施錠を外し、ドアノブに手を掛ける。
ガチャンと開く音に、
心臓の高鳴りも最高点に達した。
「······っ?!」
ドアの向こう側から、飛び込んできたものは。
楽友の顔ではなく、緑の色彩。
夏芽は絶句して、固まってしまう。
相手も、うんともすんとも言わず
身動き一つしない。
しばらく、お見合いが続いた。
「······あらあらっ。ふふっ。
可愛いお面ね!」
見兼ねた沙綾が、笑顔で言葉を投げた。
それによって、均衡が崩れる。
「······こんばんは。」
お面を外して、唱磨は小さく頭を下げた。
「これ、大翔くんにあげようと思って······
ごめん。そんなに、びっくりするとは
思わんかった。」
そう言われて、お面を差し出される。
何とか動けるようになって、
それを受け取った。
「あ、ありがと。
お、お面とか、あるんだね······」
笑って言葉を返すが、目線が合わない。
それに、無表情すぎて
怒っているようにも見える。
······自分の反応が、
気に入らなかった、とか?
「······通販で見つけた。」
「つ、通販······?」
通販で、
ブロッコリーマンのお面を······??
「こ、これ、大翔に渡してきてもいい?」
こくりと、彼は頷く。
それでさえ、目を合わせようとしない。
少し、ズキズキした。
夏芽は、その場から逃げるように
リビングへ行く。
その際、ニヤニヤしている沙綾の顔が
目に入り、ニヤニヤする状況じゃないのにと
少し腹が立った。
浴衣、やめとけばよかった。
歩きづらいし。
大きなブロッコリーマンに寄り添う
大翔に、すっ、とお面を差し出す。
「大翔。これ、友だちが大翔にあげるって。」
言い方も、ぶっきらぼうになる。
お面を、しばらくじっと見つめた後
大翔は手を伸ばした。
両手に持ったまま、またしばらく
視線を向けている。
戻りたくないなー······
その姿を少し見守って、夏芽は
踵を返そうとした。
つん、と。袖が引っ張られる。
それに気づいて振り返ると、
大きな瞳が真っ直ぐに
自分へと向けられていた。




