S3−24
深々と、頭を下げる。
そんな彼女に、彼は真摯な眼差しを向けた。
あぁ。本当に。成長が早い。
それを思い知らされる時、
僅かな羨望が生まれる。
だけど、それを。この子の力を
最大限に引き出したいという、バネに変える。
「夏芽ちゃん。頭を上げて。」
言われた通りに上げると、恭佑の
真剣な表情が目に飛び込んできた。
この眼差し。あの時と、同じだ。
怖いくらい、真っ直ぐで。
何を考えているのか、読み取れない。
「まずは、ありがとう。聴いてくれて。
この頃の僕は、少し
ヤケを起こしとったというか······
自分自身のピアノが、自分に関わる全てが、
好きになれなかった時期なんだ。」
「······そう、なんですか?」
「だから、めちゃくちゃに弾いてみた。
何も考えず、ただ、好き勝手に。」
その音源を、今の今まで残していて
忘れていたのは。
思い出した時、今の僕がどう思うのか。
ちゃんと、受け入れられるのか。
こういう時があったなと、
恥ずかしさで笑えるのかどうか。
処方箋にする為だった。
「君の感想を聞いて、安心したよ。
あの時の僕は、必要やったんやなって。
······ははっ、ごめん。訳分からんね。
でも、君が全力で伝えてくれたから。
僕も、応えるべきだと思ってね。」
「······はい。」
その処方箋を。
どこからか自分の息子が見つけてきて、
引っ張り出して音源にして。
”楽友に聴かせたいんやけど、いい?“と
輝かんばかりの目で言われて。
改めて、聴いた時。
あぁ、これは。と。
笑いが、込み上げてきた。
めちゃくちゃなのに、楽しげで。
僕も、根っからのピアニストだったと。
思うことができていた。
「この頃から、指導する側になりたいって
思い始めたんよ。」
小さな光の粒子が。
力強く、大きな光になっていくのを。
見守って、育てていきたいと。
「君に指導できることは、心から嬉しい。
僕自身も、一緒に成長できるんよ。
······橋本先生には、本当に感謝しとる。」
あの時のヤケは、無駄じゃなかった。
「夏芽ちゃんがショパンを選んだことは、
縁を感じるよ。僕の集大成を、
教える事ができるから。」
この子の光を。
どこまで強く、大きくできるのか。
楽しみで仕方がない。
「ノクターン、弾いていこう。」
そう言った時の、的野先生の笑顔は。
楽友の笑顔と、重なって見えた。
親子だから似ているのは、当たり前だけど。
何となく、子どもっぽさがあって。
とても、楽しそうに見えた。
だから、釣られて笑ってしまう。
「はいっ!よろしくお願いします!」
「何番が弾きたいと思った?」
「えっと、4番······です。」
「おおっ。渋いね。」
あっ。唱磨くんと同じこと言ったし。
······
そんなに、渋いかなぁ······??




