S3−18
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やっと蝉が鳴き始めた、土曜日。
朝の10時、町立図書館に現地集合となった
勉強会は、始め元気よく挨拶を交わしたものの
夏芽と唱磨が想像していた賑やかさとは
かけ離れて、穏やかに過ぎていった。
“図書館は静かに”という意識は、
冗談抜きで根強かったらしい。
時々小声で分からない箇所を聞かれたが、
それ以外怜央と悠乃は真面目に
机に向かっていた。
楽友から言われた事が、効いたのか。
絶対勝つという思いが強いのか。
真剣に取り組む怜央の姿に、夏芽は改めて
ピュアでまっすぐな子なんだと見直した。
真面目に勉強する悠乃も、
今まで近くで見てきた姿の中には
心当たりがない。
いつも明るくて、遊びを
全力で楽しむ印象が強かった。
そして。
二人の真摯さに負けないくらい
勉強に向き合う、唱磨の姿を捉える。
クラスが違うこともあって、普段
どんな姿で過ごしているのか
目にする事ができない。
レッスンの時に、会ったとしても。
綺麗な顔立ちだからなのか。
姿勢が良いからなのか。
つい、見入ってしまう。
見つめていると、目が合った。
かなり焦って、目を逸らす。
もしかして。
自分が一番、勉強に集中していないのでは。
それに気づいて、ぶわっと変な汗をかく。
みんな真面目に勉強してるのに。
人間観察してる場合じゃない。
ドキドキうるさい心臓を
落ち着かせる為に、夏芽は
英語の教科書の字面を見つめた。
うん。ローマ字って、イタリアだよね。
音楽用語に通じるとこあって、好きだなぁ。
いつか行きたいなぁ、イタリア。
ピザ食べたい。パスタ食べたい。
本場味わいたい。行こう。イタリア。
······
······はぁ。
勉強は、一人でするものだと思っていた。
こうしてみんなで集まって
向き合う事は、今までになかった。
この状況が、自分は楽しいのかも。
この静かで穏やかな空間、
みんなと過ごす時間って。
とても、すごく、好きだと思える。
元々、図書館が好きっていうのもあるけど。
でも。この時間が持てたってことは、
自分にとって大きい。
引っ越してきて、やっとできた、友だち。
欲しいと思っていたもの。
それが、嬉しいと思えること。
感情を持つことは、大事なこと。
大翔に気づかされて、自分は変わった。
平凡な日常が、当たり前じゃないこと。
ある日突然、変わっちゃうこと。
大好きだった弟の笑顔が、
見られなくなること。
当たり前のように一緒にいた家族が、
別人のようになっちゃうこと。
······
取り戻せるかなって、最近期待してること。
少しだけ、ポジティブになったこと。
底辺まで落ちたら、
這い上がるしかないこと。
······あれ?
何でこんな事考えてるんだろ?
でも考えてたら、落ち着いた。
良かった。よしっ。みんなと一緒に頑張ろ。




