S3−17
それは、呪いではなく。
魔法の言葉だった。
すっと、気持ちが軽くなる。
そうか。今、自分は。
的野先生の、生徒。
《そうだよね》
唱磨くんって。
魔法も、使えるんだ。
《ありがとう》
《橋本先生に会うのめっちゃ楽しみに
なった》
また既読が付いて、少し間が空く。
その僅かな時間がもどかしいけど、
嬉しさの方が強くて、待っていられる。
楽友が送ってくれる字面は、
ひらがなで埋め尽くされているけど。
変換する時間でさえ惜しいと思って、
送ってくれているのだとしたら。なんて。
自分、ポジティブすぎない?って。
知らない自分に、出会えてしまう。
これから、こうやって会話できるんだよね。
すごいな。ホントに、すごい。
《はしもとせんせいに
おまえのノクターンきかせよう》
《きっとよろこんでくれる》
橋本先生に、自分のピアノを。
前なら、恐れ多すぎて無理だと思った。
でも、今は。
《コンサート後に自分のピアノ》
《大丈夫かな》
聴いてもらいたいと、思える。
こんなこと、初めてだ。
的野先生と唱磨くんのお陰。
彼の魔法の言葉が、さらに背中を押す。
《だいじょうぶ》
《きいたらよろこぶけん》
《まちがいない》
間違いない。
そんな力強いこと、言ってくれるんだ。
《ありがとう》
《がんばってみる》
《もうがんばっとるやん》
《あとはたのしむだけやろ》
ふふっ。
楽しむだけ、かぁ。
《的野くんもね》
《おれはぜんぜんまだ》
《そんなことないよ》
夢に向かって歩いているっていうだけで、
それは頑張ってるって言える。
それが分かっただけで、進んでいける。
《いつか的野くんの調律でピアノひく
の楽しみにしてる》
既読が付いて、少しの間。
《うん》
《ごめんおそくなった》
《またあしたな》
字面だけだと、相手の感情が分からない。
だけど、何となく今、唱磨くん
笑ってる気がする。
終わりたく、ないな。
《うんまた明日ね》
《おやすみ》
おやすみ、したくないな。
でも、おやすみ言い合えるの、うれしいな。
《おやすみなさい》
しばらく、画面を眺める。
既読は付いた。これからの返事は、
明日またってことで、いいのかな。
明日も、いいってことかな。
そう考えると、明日を迎えるのが
とても楽しみになる。
夏芽は決心するように、イヤホンを
手に取った。
明日へ繋げる為に。
的野先生のノクターンが、聴きたい。




