S3−15
「いやだぁぁぁぁ」
頭を抱え込む、父親。
それが何となく可哀想になって
夏芽は立ち上がると、ソファーに向かい
寄り添うように座った。
「パパ。大丈夫だよ。」
「なっちゃん······」
「ずっとそばにいるから。安心してね。」
「······うん·······ありがとう。」
「もう。秀一さんったら。
娘に気を遣わせてどうするの。」
沙綾は、しょんぼりする秀一に呆れている。
「君は本当に、容赦ないなぁ······」
「ママ。パパをいじめないで。」
「はいはい。悪者で結構よ。ほら、夏芽。
無事に13歳を迎えましたっていう勇姿を、
私たちに見せて。
はるくんも待ってるわよ。」
そう言われて、定位置へ目を向けると
大翔と目が合った。
おっきなブロッコリーマンと一緒に、
こちらを見ている。
それが何だか、楽友にも見られているようで
落ち着かなかった。
「指の練習してないから、動かないかも。」
「あら。指の練習曲で十分じゃない。
ね?秀一さん。」
「うん。聴きたいなぁ。」
「······
じゃあ、バッハさんでもいい?」
「勿論!」
「バッハさん、いいよね〜。」
いつもの、ピアノの練習時間で
いいってことね。
それでいいなら、全然。
夏芽は、待ち構えるピアノの元へ歩いていく。
調律してもらってから、相棒は
とても機嫌がいい。
納得できる音を、出してくれるようになった。
だから前よりもずっと、練習時間が
とても大好きになっている。
いつものルーティーンを終えて
椅子に腰を下ろすと、すぐ側の棚から
楽譜を取り出した。
もらってからまだ一年も経っていないが、
ヨレヨレにくたびれている。
でもその手触りが、妙に落ち着く。
暗記する程弾いているが、
夏芽にとって楽譜を置く事は
御守りのようなものだった。
音符たちが踊っているのを見ていると、
現実を忘れられる。
そのくらい、切り離してくれる。
何番がいいかな。
やっぱり、12番だよね。
でもすぐ終わっちゃうから、習ったところ
メドレー的に弾いちゃおうかな。
彼女が、ピアノを弾く時間。
それを最も近くで聴いているのは、
紛れもない彼女の家族である。
この場所に住んでから、周りを気にせず
のびのびと羽根を広げるように、
ひとしきりを過ごしている。
その時間が。揺るがない光を放つ石を、
磨き上げていた。
曇りない、青空のように。
自分の部屋に戻った夏芽は、
飛び込むようにベッドへ寝転がる。
無事に13歳を迎えました演奏会は、
両親の大盛況で幕を閉じた。
大成功、といっていいだろう。
秀一は、なぜか涙を流してしまい、
沙綾は、ずっと満面の笑みで
拍手を送ってくれた。
今まで、こんな大きな反応を
もらったことはなかった。
だから、何となくこそばゆくて
ふわふわしている。
このまま、眠りにつくのは
もったいないなと思ってしまった。
誕生日、もうすぐ終わっちゃうなぁ。
今年は、特別って言っていいくらい
とても良かったなぁ。




