S3−10
橋本先生がコンサートで弾いた
ショパンのノクターンは、
残っている音源の中でも評価が高い。
だから、気になるのもあって
興味だけで聴いたのが始まりだった。
沼る、という言葉が初めて分かった。
それは、ホントに素晴らしくて。
すごいって、思うしかなくて。
どうしたらこんな、
綺麗な音を出せるのかって。
ずっと聴いていたいって。
聴く度に、自分はまだまだだなって
反省するしかなくて。
そんな圧倒的な技術力と表現力の違いに、
打ちのめされ続ける中で。
的野先生が弾くショパンのノクターンは
どうなんだろう、と。
心のどこかで、湧き上がっていた。
でもそれは勿論、楽友には伝えていない。
「弾いてもらって聴くのが勿論一番やけどさ、
父さん、ショパンだけは
弾いてって頼んでも
すんなり弾いてくれんっちゃんね。
この前は、特別やったと思う。」
唱磨はリュックのサイドポケットから
スマホを取り出して、片手で扱い始める。
「便利やな、これ。データ化したら、
簡単に送れるんやもんな。」
唱磨くんの手、近くで見ると
意外と大きいな。
身長、そんなに自分と変わらないのに。
そう思って、じっと見つめながら
ぽつりと夏芽は言葉を漏らした。
「······聴けるの、
めっちゃ嬉しいけど······
それって、持ち出していいやつ?」
「父さんには伝えとる。
よかって言われたけん、大丈夫。」
ポケットに入れていた自分のスマホが、
ブルブル、と震えた。
「俺は正直、橋本先生のやつよりも
父さんのやつの方がいいと思った。」
楽友が浮かべた笑顔は。
『13番』と告げた時のと、似ていた。
胸の奥で、疼き出す。
「どこがって言われると、分からんけど。
何か落ち着くっちゃんね。」
「······ありがと。送ってくれて。
家で、ゆっくり聴くね。」
「あぁ。」
何で唱磨くんはいつも、自分の考えよりも
さらに上をいっちゃうんだろう。
嬉しいって気持ちだけで、いっぱいになる。
「めっっっっちゃ、いい誕生日だなぁ。」
「ははっ。今日誕生日とは思わんかった。
プレゼント代わりになって良かった。」
「えへへっ」
この時間も、プレゼントかも。
「改めて、おめでと。」
「ありがと。······あっ、
的野くんは、誕生日いつ?」
「俺は早生まれ。1月。」
「何日?」
「11日。」
「1並び!」
「憶えやすいやろ?」
「ふふっ、うん。憶えやすいね。」
よしっ。誕生日聞けた。
めっちゃ喜ぶお返し、考えるもんね。
「しかも、鏡開きやけん
ケーキ代わりにぜんざい食うんよ。」
「うわっ!めっちゃいいなぁっ!」
「えっ。······ははっ。そっか。
お前、甘いの大好きやもんな。」
和も洋も、どっちも大好きです!




