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S3−9


午後5時を過ぎても、日が落ちる気配はなく

明るさを保っている。



梅雨明けが早かったせいなのか。

蝉が鳴いていない中の猛暑は、

何とも言えない違和感があった。


異常な暑さのせいで、土から出てこれず

このまま一匹も鳴かなかったら。


夏の風物詩が一つ、失われたと。

嘆くことしか、できないのだろうか。



少なくとも。必死にもがき生きようと

姿を現す力強さを、願わずにはいられない。




「また明日なーっ!」



最初に別れたのは、怜央だった。


田んぼ沿いの整えられた道路を、

並列つなぎのように走っていた

自転車が1台、右に曲がって離れていく。



「じゃあねーっ!」



そのすぐ後に悠乃が大きく手を振って、

左に曲がる道を行く。



それぞれ片手で振って見送ると

唱磨は緩やかに、夏芽と自転車を並ばせる。



「ちょっとだけ、公園寄っていかん?」



その申し出に、小さく頷く。



“一緒に帰らん?”



わざわざ自分の教室に来てまで

そう言ったのには、理由があったと思う。


気になったまま、帰るわけにはいかなかった。





公園に着くと、入り口辺りで自転車を停めて

夏芽と唱磨は足を踏み入れる。



誰もいない。


この時間、いつもなら

大翔くらいの子たちが遊んでいるのに。




やっと空の色が、落日へ向けて

朱くなり始めていた。


強めの温い風が吹き抜けて、

二人を取り巻いていく。


それだけでも、自転車を漕いで

汗ばんでいた為、涼しく思えた。



ベンチがないので、自然と

ブランコへと足が向く。



「スマホ持ったのって、何か理由があるの?」



そう自ら切り出したのは、

“今のところ必要ない”と言っていたはずの

楽友の本心が知りたいからだった。


ブランコの座板に腰を下ろした後、

その答えが帰ってくる。



「持っとった方が、お前に用事あった時とか

 すぐ伝えられるやん。

 できること、多くなるけん。」



それは、意外すぎた。


自分との繋がりの為に、ということ?



「連絡先、聞きたかったんよ。

 だから、お前の教室に行った。」



······でも。それなら、

わざわざ教室に来なくても。

レッスンの時にでも良かったのに。


と、言い返すのは躊躇われた。


本心ではないからだ。


結果的に、幼なじみのわだかまりが

解消されたのもある。



それに。妙な嬉しさがあった。


彼の方から知りたいと、言ってくれた事だ。



「小野田に聴かせたいやつがあって。

 多分、聴きたいやろうと思ってさ。

 それを送りたかったんよ。」


「聴かせたいやつ······?」



今、何でも嬉しいけど。



「ショパンのノクターン。

 お前今、橋本先生がコンサートで弾いたやつ

 毎日聴いとるって言っとったやろ?」


「うん。」


「それ、父さんが弾いたやつ

 家にあったんよ。」




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