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「そういえば大翔、ずっと空を見てたよ。」
「ええ、そうね。
とても綺麗に広がっているもの。」
青すぎる、広い空。
大翔も、ずっと見ちゃうくらいの。
「······あっ。飛行機雲。」
「あら、綺麗に残ってるわね〜。」
くっきりと、雲一つない青空に、一本線。
綺麗に残ってる時は、次の日も晴れると
聞いたことがある。
「······今度、はるくんも一緒に連れて
お散歩しましょう。
夕日も綺麗よ、きっと。」
ママが浮かべる微笑みは、柔らかい。
だけど、その奥の暗い部分を
自分は知っている。
大翔が感情を失くし、言葉を失い、
何も浮かべなくなってしまって、
泣きながら抱きしめていた時を。
辿り着いた家は、とても大きかった。
夏芽が想像していた和風の家ではなく、
絵本に描かれる北欧を思わせるような佇まい。
優しいベージュの外壁とホワイトの屋根は、
家主のこだわりを感じる。
庭に植えられた一本の、若い桜の木。
これはきっと、家の造りよりも
こだわりがありそうで。
今にも弾けそうな、蕾。
幹は頼りないけど、花が咲いたら
とても綺麗だろうな。
沙綾が、門柱に備え付けられた
インターホンを鳴らす。
『······はい。』
「こんにちは。小野田です。」
『あぁ、どうも!少々、お待ちください!』
不安要素の一つ。
今度教えてもらう先生が、男性であること。
「ようこそいらっしゃいました!
遠路で、かなり疲れたでしょう?」
「いえいえ!綺麗な景色を見たら
逆に元気になりました!ふふっ、
これからお世話になります。
これ、菓子折りですが
よろしかったらご賞味ください。」
「あぁ、お気遣いすみません。
ご丁寧にありがとうございます。
こちらこそ、よろしくお願いします。」
大人二人、お辞儀をし合うのに倣って
夏芽は頭を下げる。
それに気づいた家主の男性は、
くしゃっと顔を綻ばせた。
「夏芽ちゃん。初めまして。
僕は、的野 恭佑です。
よろしくお願いします。」
いい笑顔。優しそう。
しかも細身で、若見えなのか
三十代前半に見える。
パパとは大違い、かも。
「小野田 夏芽です。よろしくお願いします。」
丁寧に自己紹介してお辞儀をする夏芽に、
恭佑は感心した様子で顔を輝かせた。
「礼儀正しくて、素敵なお嬢さんですね!
うちの唱磨とは
大違いやなぁ······」
しょうま、というのか。
同級男子の名前は。
「唱磨くんは、どちらに?」
「おつかいを頼んで
外に出かけとるんですけど······
もう戻ってきてもいい頃なんやけどなぁ。
すみません。小野田さんに是非
渡そうと思っとった物を、間に合うように
早めに頼んだんですけど······」
リアル博多弁。
自分も、使えるようになるのかな。
「まぁっ、そんなお気遣いなく!」
「もう少ししたら、戻ると思うので。
······良ければ、紅茶でもいかがですか?
丁度、美味しい茶菓子もありまして。
どうぞ、お上がりください。」
「······ありがとうございます。
では、お言葉に甘えて。」
ちょ、ママ。挨拶だけじゃなかったの?
紅茶と美味しい茶菓子に、弱すぎじゃない?