S2−19
夏芽は呆然と、見送ることしか出来なかった。
妙な動悸と、期待感が入り混じって
熱量が上がり、大変な事になっている。
唱磨くんって······
優しくて、面白い、のかも。
自然と、頬が緩んでいく。
再びリビングの窓へ目を向けると、
大翔は空を見上げていた。
いつもの、変わらない姿。
何も、浮かばない。
だけど、手には
ブロッコリーマンのキーホルダーが。
今さっき、自分たちを見ていたこと。
それは、間違いなかった。
ブロッコリーマンを通して、
何かが生まれた。
本当に、これがきっかけになるとしたら。
夏芽は、大翔がいる方向へ歩いていく。
彼は視線を空から、近づく彼女へ向けた。
この状態になってから今まで、
どんなに近づいても向かなかった
弟の大きな目が。
自分を、映している。
何かが、変わった。確実に。
自分と、目を合わせてくれる。
窓を開けて、目の前に立つ。
にこっと笑って、彼の頭を撫でた。
「はる。良かったね!もうすぐ、
大きなブロッコリーマン来るよ。
さっきいた友だちが、
持ってきてくれるんだよ。」
返事は、来ない。でも。
嫌がらずに、じっとして
自分を見てくれることが、嬉しすぎる。
庭からリビングに上がった夏芽に気づき、
沙綾は二人の元へ歩いてきた。
「あらっ?唱磨くんは?」
「······ママ。」
娘が、今にも泣きそうなのに
笑顔を浮かべている。
その事態に、首を傾げながらも
彼女の頭に手を置いて、優しく撫でた。
「どうしたの?」
「······大翔が、自分のこと
見てくれるようになった。」
普通ならば、何でもない出来事だ。
しかし、私たち家族にとっては。
「······すごいわ。夏芽。」
「きっと、すぐにママの事も
見てくれるようになるよ。パパも。」
「······そうかしら。」
「そうだよっ」
沙綾は、大翔に目を向けた。
彼の視線は今、その手に握っている
ブロッコリーマンのキーホルダーへ
注がれている。
空と景色以外に。その瞳に人を映す事は
もうないのでは、と。
メンタルクリニックに通っても、
変わるのかどうか、と。
何もできなくて、ごめんなさい、と。
許して、と。
せめて一緒にいさせてほしい、と。
これから過ごす時間が、
贖罪になるのなら、と。
もういつの間にか、そう
考えるようになっていた。
それが。
「······本当に、すごいわっ······
夏芽っ······」
「······ママっ······」
起こった奇跡を、確かめるように。
称えるように。
大事に、愛する娘を抱き締めた。
溢れる涙を、止める事はできない。
やってきたことは、無駄じゃなかった。
応えてくれた。
それだけで、もう。




