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S2−16


哀しげな冒頭。


それが耳に届いた時、なぜ先生は

人気がある第1番とか第6番を

選ばなかったのか、不思議に思った。



第3番。イ短調。


なんで、短調のワルツを選んだのか。



Aの4番が狂ってないか、

確かめる為に?


ただ、そうでも、そうじゃなくても。


引き込まれる。




夏芽は自然と瞼を閉じて、

哀愁漂う音色を拾った。


一音も逃さないように、耳を傾ける。



繊細な指の運びと、滑らかな伸び。

音の息遣いが、感じられる。


鍵盤が下りる瞬間を、大事に丁寧に。



すごい。綺麗。


これ、相棒が鳴らしているんだよね?

こんなに綺麗な音、出るんだね。

生まれ変わったみたい。



······

ホントは、出せたんだよね。

ごめんね。まだ出せなくて。


でも、落ち込むよりも。自分は、

まだまだってこと。分かって良かった。

聴けて、良かった。



またいつか、橋本先生に会えた時。


基礎を叩き込んでくれた、先生のお陰です。

ありがとうございます。


そう、言えるようになりたい。





華やかさは、見えない時間の積み重ねが

多ければ多いほど輝くこと。


苦しくて耐えられないのは、

その明るい部分だけを見てしまうから。



寄り添い合い、調和して。

ささやかな日常が、幸せであることを。


ステップを踏み、踊り続ける。












6分弱の円舞は、静けさを残して終わる。



恭佑が椅子から立ち上がりお辞儀をすると、

夏芽も腰を上げて拍手を送った。


顔を輝かせながらの

スタンディングオベーションに、

彼は笑顔で応える。



「聴いてくれて、ありがとう。」


「こちらこそ、ありがとうございましたっ。

 めっちゃ良かったですっ!」



うはぁ。もっと聴きたいくらい。



「短調なら、第7番が聴きたかった。」


「お前は、そうやろうね。」



ソファーで寛ぎながら聴いたであろう楽友に、

夏芽は羨望の眼差しを送る。


それに気づいた彼は、小さく笑った。



「もう全部、弾いてもらえばいいやん。」


「えっ、そ······」



それ、めっちゃいい。



「唱磨。ちょっと黙っときなさい。」



苦笑して釘を刺した後、恭佑は夏芽を

真っ直ぐに見据える。



「夏芽ちゃん。バッハのシンフォニアと

 同時進行で、大曲を弾いてみらん?」



その提案を聞いて、

動揺が全くないとは言い切れない。


前の自分なら、理由付けて

断る方向しか考えなかった、はず。


今は?



「自信を持って。君は十分、素質がある。」



先生の言葉と眼差しは。


真っ直ぐすぎて、怖い。


······でも。



「······」



同じような視線が、隣から向けられている。



唱磨くんの綺麗な目が、真っ直ぐに。



二人とも、もう自分を

ピアニストとして見てくれている。




「······考えてみます。」




まだ、怖いけど。



進んでいこうと思う気持ちは、ある。








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