S2−15
調律は、一時間くらいで終わった。
「ピアノを移動した時は、すぐに
調律した方がいいよ。
引っ越しする直前、したとしてもね。
·······うん。確かに、
唱磨が指摘したAの4番は、
どの音よりも狂っとったかな。でも、
本当に少しだけやね。」
······そうなんだ。
良かった。
呪いは、無事に解かれたみたい。
もっと、早めに相談するべきだった。
「その少しだけが、俺には気になるんよ。」
「本当は、頻繁にするもんやないけんね。」
「分かっとるけどさ。」
調律してる最中は、
師匠と弟子みたいだったのに。
今の二人は、きちんと
親子の空気感がある。
「······夏芽ちゃん。
弾いて確かめたいやろうけど、先に
僕が弾いてもいいかな?」
その申し出に、目を見開いた。
それは彼女にとって、歓喜しかない。
「是非、お願いしますっ!」
「あれっ?······ははっ。
そんなに喜んでもらえるなんて、
思わんかったなぁ。」
「先生のピアノ、聴きたかったんです。」
レッスンの指導で部分的に
弾く事はあっても、曲として演奏する形は
実を言うと、今までになかった。
「俺は、いつも聴いとるけど。」
何か、自慢げに聞こえる。
「いいなぁ。」
素直に、羨ましいと思った。
「いいやろ。」
「うん。」
「えぇっ、二人ともどうした?
何か、ばりばり照れるよ?」
まんざらでもなく嬉しそうに笑いながら
恭佑は、ピアノ椅子を調整する。
ソファーに座っていた夏芽の隣に、
唱磨は腰を下ろしながら言葉を投げた。
「ガチなやつやけん。」
「なるほど。プレッシャーかけたんやな。」
「小野田。聴きたい曲は?」
「えっ」
「何でお前が、主導権握っとるんか。」
「いいやん。別に。」
「······あ、あの。頼んでもいいですか?」
「おぉ、よかよ。何やろ?」
実は。先生が弾いた音源がないか
こっそり調べたことがある。
検索で引っ掛かったのは、
約15年前に開催された
先生のソロコンサートでの演奏。
全部じゃなくて、一部分だけだった。
ショパンのワルツ。第1番から第8番。
「ショパンのワルツを、お願いします。」
聴きいれた恭佑は、少し驚いた様子だったが
すぐに笑顔を浮かべる。
「それは、夏芽ちゃんが
弾きたいと思ったから?」
「いえっ······何となく、です。」
「ははっ。また、何となくなんやね。」
「いいかも。俺も、父さんが弾く
ショパンのワルツ、聴いたことない。」
えっ、意外。いつも聴いてるのに?
「そうなの?」
「うん。」
「何番がいい?」
もう先生は、鍵盤に向き合っていて
どんな表情なのか分からない。
「······先生の、好きな曲で。」
音源で聴いた曲全部、とても素晴らしかった。
どの曲でも、生演奏で聴けるのは嬉しい。




