S2−12
リビングのソファーに座って
そわそわしながら待つ夏芽は、ふと
定位置の窓際にいる大翔へ視線を向ける。
今日の天気は曇りで雲が多く、お日さまは
顔を出したり隠れたりで忙しい。
来週には、梅雨入りするって
言ってたような。
大翔は、何も浮かべず見上げている。
左手には、無敵な笑顔のブロッコリーマン。
······そういえば。
今になって、引っかかる事が。
花見の下見の時、ママと大翔の近くに並んで
唱磨くんがいた。それって、よく考えたら
不思議な事だったんだよね。
見ず知らずの人が近づいたり、
話しかけたりすると、大翔は逃げてしまう。
なのに、あの時は。
ママにくっついていたけど、逃げてなかった。
あれって、何かが起こっていたのかな。
あの時だけなのかな。
今日は、どうなんだろう。
ピーンポーン。
「はーい!お待ちしておりました!
ちょっとお待ちくださいね〜!」
インターホン越しで元気に応答する
沙綾の声で、夏芽は我に返る。
ちょ、ママ、声大きすぎ······
急ぎ足で玄関に向かう母親の後を追って、
出迎えようと立ち上がった。
その拍子に、玄関を映すモニター画面へ
ちらっと目を向けた瞬間。
······えっ?!
目を疑った。
先生以外に、もう一人。
来ると思ってなかった、楽友がいる。
その事態に、固まってしまった。
なんで?聞いてない。
来るって言ってなかった。来るなら言ってよ。
心の準備が······
「おはようございます!
今日はどうも本当にすみません!」
「ははっ、おはようございます。
いえいえ。こちらこそ、何も言わず
唱磨を連れてきたんですが······」
「あら!全然構いませんよ!
いつでも大歓迎です!
さぁさぁどうぞ!上がってくださいな!」
完全に、出遅れてしまった。
玄関から聞こえる、親たちの賑やかな声。
その中に、彼の声はない。
でも。言葉の中には、確かに名前が。
鼓動が高鳴るとともに、
全身が急激に熱くなる。
「夏芽!出迎えに来ないなんて、もう!」
「夏芽ちゃん、おはよう。お邪魔します。」
「お、おはようございます······」
リビングに入ってくる怒り気味のママと、
平和な笑顔を浮かべる的野先生。その手には
黒い鞄。多分、調律する工具が入っている。
そして。
ペコっと頭を下げながら現れた、楽友。
「······はよ。」
「······お、おはよ······」
大きく動揺する夏芽の心情を察した上で、
沙綾は唱磨に揺るがない笑顔を向ける。
「来てくれて嬉しいわ、唱磨くん!
この間は、本当にありがとう!
夏芽に蛍を見せてくれたそうで······
すっごく喜んで帰ってきたのよ!」
うわぁママっ!やめてっ!何言い出すのっ?!
「······それは、良かったです······」
「調律しとるところが見たいと言ったので、
急遽連れてきました。」
「夏芽から聞いております。
調律の勉強をしてるなんて、すごいわ!」
「つい先日、それを話してくれまして。
しっかり目標を見据えとるようなので、
僕はとても嬉しくなっちゃいまして。
それはそうと、夏芽ちゃんの
上達の早さには本当に、頭が下がります。」
「まぁ、そうですか?ふふっ!
私も思っていたんです!これも、
先生のご指導のお陰です!」
「いえいえ。夏芽ちゃんが日頃、
頑張っている結果ですよ。」
親たちの会話が盛り上がって
夏芽と唱磨は気まずそうにしていると、
風が吹き抜けるように
リビングから出ていく大翔の姿に気づいた。