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P−3


夏芽が教わっていたピアノの先生は、

現在高齢ではあるが名のある人で

業界では伝説級なのだそうだ。

彼女自身、未だに何でそんな

ラスボス感満載の人と母親が、

どうやって知り合って親交を深めたのか

見当が付いていない。

聞いても、教えてくれない。

謎を抱えたまま、その教えを乞う事になった。


実は、大曲に挑んだ事は一回もなく

基礎を重視する時間を過ごすばかりで、

夏芽としては退屈で

楽しい時間にはならなかった。

将来を見据えた指導。それを唱えるばかりで。

母親も、その教えに疑問視することなく。

もっと、楽しく弾きたいという願望が

強くなる一方だった。

そして、やっと。

大曲に掛かる兆しが見えてきたところで、

この引っ越しの話が舞い込んだ。


これまでに受けたレッスンは、

基礎を叩き込まれただけの修行。

彼女は、そう捉えるしかなかった。


勿論、独自で気ままに弾いた事はあった。

クラシックに限らず、流行りの歌、

ジャズ、気になったものは、全て。

その時間は、解放されてとても楽しかった。


でも。何ていうか。

最終的に、満たされなかった。

先生に見てもらって、聴いてもらって、

認めてもらいたいのか。

自己満足で終わってしまうのが、ダメなのか。

このモヤモヤする気持ちは、何なのか。

よく分からないままだった。







玄関のドアを開けると、

心地好い風が吹き込んだ。

日の光が照って、暖かい。



目の前は、排水溝と用水路。

今は、田植えの時期じゃないのか

用水路の方はカラカラになっている。


ママは水捌けの心配をしていたけど、

蛍が見られるというパパからの情報が。

自分は、ちょっと楽しみでもある。



「もうすぐ桜が咲きそう。楽しみね。」



眩しそうにしながら、沙綾は

遠くを見渡している。

その視線の先には、公園らしき場所が映った。

桜並木が、霞んでいる。



「お花見できそう。」


「お弁当作って、みんなで行きましょうね。」



心の中で、歓喜を上げる。


ママの作るお弁当、美味しいもんね。



小学校は給食だった。

4月に入学して通う中学校も、

給食だと聞いている。

母親が作る弁当というのは、

特別なイベント以外食べる機会がなかった。



「ツナおにぎり入れてね。」


「ふふっ。勿論よ。」


「から揚げも。」


「はいはい。」



母親と並んで路地を歩くという事は、

最近なかった気がする。

友だちと過ごす事が多くなっていた。

身内といるのが、恥ずかしいという気持ち。

年々それが、膨れ上がっていて。


でも今。知らない土地にいるせいか、

傍にいるのが嫌だとは思わない。



「ママ。また、ヒール?コケちゃうよ。」


道がデコボコ。

スニーカーじゃないと無理だってば。


「大丈夫よ〜。ママの体幹、すごいのよ〜?

 知らなかったでしょ〜?」


それ、若い頃の話でしょ?

コケても、支えらんないから。知らないよ?


「風が気持ちいいわね〜」


「風、強すぎだって。」


塞ぐ物がないから、風がダイレクトにくる。

髪がぐちゃぐちゃだよ。嫌すぎ。


「あら、夏芽。見て。電車が通るわよ。」


さっき乗ってきたやつじゃん。


「柵も何もないとこ走るの、

 レトロでいいわね〜。」


撮り鉄さんなら、喜ぶだろうけど。


「田舎すぎ。」


「素敵じゃない。」



自分はまだ、ママの領域には達していない。






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