S2−11
「ただいまぁ」
「おかえりなさい。あら、
思ったよりも早かったわねぇ。」
ママには、“友だちと遊んで帰る”と
メッセージを送っていた。
“気をつけて帰ってきなさい”という
一言だけ、返事が来た。
“遅くなっちゃダメよ”、とか
来るかと思ったけど。
「もう晩御飯できるからね。」
「はーい。」
醤油で煮込んだ、良い香りが漂っている。
この匂いは肉じゃが、かな。そうだといいな。
しみしみジャガイモ、ちょー好き。
リビングの窓際に座って夜空を見上げている
大翔の所へ、夏芽は歩いていく。
「ただいま。はる。」
返事は、来ない。
顔も、こちらを向かない。
そうだと、分かっていても。
「これ、あげる。」
大翔の手を取って、手の平に
そっと乗せた。
夜空を映していた瞳が、それに向く。
とあるキャラクターの、キーホルダー。
もじゃもじゃ頭に、まぁるいお目々。
みんなの栄養バランスをよくしたいと
宇宙の力を借りて現れたヒーロー。
その名を、ブロッコリーマン。
「あらっ。新しいやつね。かわいい。」
覗き込むように見て沙綾は、笑顔を浮かべる。
「うん。ガチャでゲットできた。」
「はるくん。良かったわねぇ。」
大翔の瞳は、じっと彩緑を映している。
視線を逸らす様子がない。
それが珍しいと思い、二人は
しばらく見守った。
「······気に入ってくれたのかな。」
「だと、思うわ。」
浮かべる表情は、なにもない。
だけど、空と景色以外に
ここまで興味を示す事は、
この状態になってから今までになかった。
少しでもいい。
何か、浮かんだら。
何か、生まれたら。
それだけで、嬉しいんだけどな。
*
今週は、いっぱい変わった事があった。
学校で、唱磨くんと目が合うこと。
今までの存在感ゼロ扱いが、嘘みたい。
廊下ですれ違う時は、必ず合うようになった。
話しかけられることは、相変わらずないけど。
自分からも、何か話しかけづらいし。
遠慮ナシとは言ったけど、
みんなの目がある所では、ちょっと気になる。
でも、確実にレベルアップした。嬉しい。
あと、悠乃が美術部に入った事。
元々絵を描くことに興味があって、
入部するかどうか迷ってたみたい。
相談されて、やってみたい事はやるべきだって
背中を押した。
自分も、実行して良かったなって
実感したから。
そして、これが一番。
あげたブロッコリーマンのキーホルダーを、
ずっと大翔が持ち歩いている事。
ご飯の時も、トイレの時も、お風呂の時も、
寝る時も、ずっと。ずーっっっと。びっくり。
大翔の中で、何かが変わった。
そう、思いたい。何も浮かべないけど、
何かが変わったって。
パパもママも、そう信じている。
堅い殻の中に、ブロッコリーマンを
入れてくれた。認めてくれた。友だちだって。
これは、かなり、すごく、
良いことだって思いたい。
その、締めくくりの土曜日。
的野先生が、相棒の調律で家に来る。
呪いが解かれるって思ったら、
嬉しくて落ち着かない。
約束した時間は、10時。
もうすぐ来る頃かな。
パパは急遽、お仕事になった。
こっちに来てから、とても忙しそう。
残業で遅くなるし。疲れて帰ってくる。
でも、ママと笑顔で迎えると
笑顔になってくれる。話も、聞いてくれる。
東京にいた時より、ずっと明るい。
今のパパ、大好き。
先生と会いたがってたから、
残念そうだったな。
まだ、一回も会えてないもんね。