S2−10
リュックに素早く筆記用具と教科書を入れて、
夏芽は席を立つ。
「あっ。小野田さん。」
前席の重田 悠乃も、ほぼ同時に
立ち上がっていた。
「一緒に、帰らん?」
その申し出に、かなり戸惑ってしまった。
今日は、レッスンがない。
用事が、あるわけじゃない。
でも、いいよって、言えるかどうかといったら
······
返事に困ってまごついていると、
悠乃の視線が、夏芽のリュックに下げられた
ぬいぐるみに向けられる。
「それ、ブロッコリーマンやろ?」
「う、うん······」
「ばりかわいーよね!自分も大好き!
ゲーセンに新しいガチャ出とるんよ?
今から行かん?」
向けられた笑顔が、ホントに、
めっっっちゃ明るくて、かわいかった。
自分と、行きたい。
その気持ちが、真っ直ぐ伝わってくる。
断る選択肢は、消え去ってしまった。
「······行きたい。」
「決まり〜!」
自分のこと、何から話そうかな。
仲良くしてくれるかな。
小野田さん、重田さん、
そう呼び合っていたのが帰り際になったら
夏芽、悠乃、になっていた。
悠乃の家は、酒屋さん。
立ち飲みできるスペースがあって、
学校から帰ったらいつも常連さんで
賑わっているらしい。ちょっと、見てみたい。
お父さんお母さん、四歳上のお兄さんと、
六歳上のお姉さんがいる。悠乃は末っ子。
上二人の兄妹喧嘩はいつもで、
悠乃は仲を取り持つ役割だという。
悠乃は、スマホを持っていた。
連絡交換が無事にできて嬉しい。
今度から気軽に、メッセージも送れる。
何か急に、学校に行くのが楽しみになった。
自分とこの家庭事情は、緩く話した。
心の病気にかかっている大翔の為に、
ここへ引っ越してきた事。
自分が、ピアノ弾く人を目指している事。
そして、的野先生の所へ
ピアノレッスンを受けている事も。
そうなった経緯も、できる限り話した。
悠乃は、真面目に聞いてくれた。
唱磨くんとは、幼稚園の頃からの知り合い。
小学生低学年の時は、よく笑う明るい子で
元気に走り回ってる印象だったらしい。
みんなの輪の中にいる、人気者だったという。
それが、唱磨くんママが病気になった頃から、
笑わなくなって、静かになって、
一人でいる事が多くなったという。
今の唱磨くんしか知らない自分は、
悠乃が知ってる明るい頃の唱磨くんが
別の誰かのように思えた。
それくらいに、ショックだったんだ。
ママを失う事は。
180度、変えてしまうくらいに。
自分だって、そうなる。
家族を失う事になったら。
身体の一部が千切れるくらいに、つらい。
大翔は。
何かのきっかけで、堅い殻に
閉じ籠ってしまった。
理由が、分からないまま。
分からないから、悲しい。
どうすることもできない。
なんで、何も言わなかったのか。
なんで、自分に、ママに、パパに、
吐き出さなかったのか。
なんで、何も浮かべなくなったのか······
大翔の口から、その理由が聞けたら。
どんなに、嬉しいかな。