S2−9
「小野田が弾いた13番って······何か、
母さんが弾くピアノみたいに聴こえて
······あ、でも、
上手くなかったわけやなくて、その······
んーっ、何て言ったらいいんやろ!
とにかく、ヤバくて。」
······えーっ???
想像して、考える内に
唱磨くんのママが弾くピアノに??
なっちゃった??
いやいや、なにそれーっ???
「母さんのピアノ、お前が
聴いたはずないのに。」
「うん······
なんで、だろうね······」
とにかく、良かったってことだよね?
「······やっぱお前って、大物かも。」
「えっ?」
「なんでもない。······
ありがとう。弾いてくれて。」
ちょうど、ひらりと彼の顔の近くで
蛍が舞った。
朧気に映った微笑みが、焼き付く。
「お、お礼なんて、いいよ······」
ただ、会って、話したいと思っただけだから。
「楽友、だもん。」
それだけで、楽になれるなら。
「話しづらい事とか、
あるかもしれないけど······
他人だから、逆に、話せる事が
あるんじゃないかなって思う。」
吐き出せないまま閉じ籠もるのは、つらい。
感情を吐き出せるなら、まだいい。
でも、それすらも、できないのは。
「これからは、遠慮なく話して。」
「······」
もう目の前で、誰かが
心の病気になるのを見たくない。
「お前もやけんな。」
「······え?」
「遠慮せんで、話していいけん。」
「······うん。」
自然と、笑顔になっていた。
伝わったことが、嬉しいのか。
伝えることができて、ホッとしたのか。
ただ今、言えるのは。
「じゃあ······
お願いがあるんだけど。」
「よかよ。何?」
「博多弁、教えてほしい。」
「······はぁ?」
この楽友関係を、大事にしたい。
*
中学生になる前と今の過ぎる時間は、
本当に一緒なのか疑問に思う。
ホームルームがきて、苦手な数学の授業で
先生に当てられないかヒヤヒヤして、
昼休みの憂鬱すぎる時間を過ごして、
挨拶以外誰とも話さないまま
もう放課後を迎えてしまった。
自分って、こんなに静かだった?
あ。大人になったってことかな。
······
そんな勘違いさえ、受け入れてしまいそう。
唱磨くんの博多弁講座は、為になった。
お陰さまで、今日教室内で飛び交う
ネイティブ博多弁が、少しだけ
分かった気になった。
―「博多弁教えてって言われても······
生まれた時から、これやけん······
逆に、何が知りたいと?」―
それ。語尾のやつ。
自然に言えるの、かわいいじゃん。
自分が使うってなると、
まだまだ違和感しかなくて。
―「話しとったら、嫌でも
使えるようになるっちゃないと?
······変なお願いやなぁ。」―
変じゃないし。
自然に使えるもんじゃないってば。
地元人は、気楽でいいよ。
言葉が違うと、それだけで壁があるんだよ?
―「そうかいなー?気にしすぎやろ。
別に、東京弁で話してもよかと
思うっちゃけど。よう分からんなぁ。
······でも、お前にとっては
困っとる事やもんな。了解。」―
なんだかんだ言って、真面目に教えてくれた。
意外と優しい、かも。
博多弁って、結構早口で聞き取りづらい。
聞き返しちゃうもん。
聞き取れるようになるところから始めたい。
······
自然に話せるようになるのは、
まだまだムズいなぁ。