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S2−8


背中に手が置かれて、身体の向きを直された。



暗くて相手が、よく見えないからなのか。

感覚が研ぎ澄まされたのか。

置かれた部分が、とても熱く感じた。


それに後押しされて夏芽の鼓動は、

激しくなると同時に

ぶわっと、全身が熱くなる。



「今夜は、見れると思う。」



掠れた声の響きも、何か。

耳を撫でられているようで、くすぐったい。


背中に置かれた手は、すぐに離れたけど

熱だけが残っていて。それに焦って、

どうしていいか分からなくて。



とにかく言われた方向に目を凝らしていると、

ちかちかと、点滅する小さな光が見えた。



「······う、わぁ······」



一つ見つけると、二つ、三つ、と

どんどん増えていく。


点々と、光の粒が

用水路の周りに広がっていた。



「······蛍······?」


「前は、もっとたくさんおった。」



蛍を見に行ったことは、一度だけ。

でも、泊まりがけで行くくらい遠い所で。


それが家から歩いて、こんなに近い所で

見られるなんて。



「······きれい······」


「小野田の家の近くにも、おるけん。」


「ホント?」


「うん。」



帰ってすぐ、みんなで行ってみよう。



「うまく、撮れるかな······」



この、さっきから冷めない変な熱量を

撮ることに注ごうと、夏芽は

スマホを取り出して翳す。


その様子を窺って、唱磨は笑った。



「お前って、撮るの好きと?

 桜も、撮っとったけど。」



花見の下見の事を思い出して、

冷めるどころか、さらに熱量が加わる。



「す、好きっていうか、あの時は下見で、

 パパに送ろうと思ってただけ。······

 こういうのって、普通撮るでしょ?」


「撮らん。別に、見るだけでいいやん。」


「見たい時に、画像で見れるよ?

 思い出とかで、残るし······」


「······うーん。」



もう、聞いちゃえ。



「的野くん、スマホは持ってる?」 


「持っとらん。今のところ必要ない。」



······やっぱり、持ってなかった。

必要ない、って······

はっきり言っちゃうし。


持ってたら、勉強にも役立つし

知らないこと調べられるし、

何かあったら、いつでも連絡できるのに。


······


······うまく、撮れないなぁ······



動悸を落ち着かせる為に

ひたすら画像と動画を撮った後、

夏芽は質問を投げてみた。



「そういえば何で、あの時······

 黙って行っちゃったの?」


「あの時?」


「自分が桜撮ってた時、

 ママたちと一緒にいたよね?」


「あぁ······」


「無視されたと思った。」


「いや、邪魔したら悪いと思ったけん。」


「邪魔って、何の?」


「家族の時間。」



······

それが邪魔だって言うなら、自分だって。



「······話、聞かせて。」


「······」


「13番の事、教えて。」


「母さんが大好きな曲やったんよ。」



その一言で、何もかも完結してしまった。



「······ちょっと複雑やけど、

 父さんが弾いた13番を聴いて、母さんは

 大好きになったって聞いた。

 ソプラノ歌手が本業やったから、ピアノは

 そんなに上手くなかったけど。

 毎日のように弾いとったし、それを俺は

 ずっと聴かされとった。

 ······いつの間にか、俺も大好きになった。」



バッハのシンフォニアで一番好きな曲は、

“13番”と答えた時の笑顔。


彼が楽友の証として弾いた13番に

感じた、深い愛おしさ。


自分が弾いた13番を聴いて、泣いた理由。



全部、繋がっていたんだ。

唱磨くんのママに。





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