S2−7
そう言うと踵を返して、彼は
部屋から出ていく。
······えっ?連れていきたいとこ?今から?
ここで、話さないの?
疑問だらけのまま、彼女は慌てて
トートバッグに楽譜を入れて後を追う。
「父さん。ちょっと出かけてくる。」
「えっ?出かけるって······」
唱磨はリビングに向けて言葉を投げると、
返答も待たずに玄関へ向かった。
夏芽が追いつくと同時に、恭佑は顔を出す。
「どこに行くと?」
「用水路。」
······用水路?何で?
でも、その場所を聞いて
先生は、なぜか納得したように笑った。
「······あぁ。気をつけて行くんよ。」
「うん。」
そこに、何があるの?
片手に持った懐中電灯で
あぜ道を照らしながら、唱磨は歩いていく。
急いでトートバッグからスマホだけ取り出して
自転車のハンドルに掛けると、夏芽は
彼の後ろに付いていった。
そういえば唱磨くん、
スマホって持ってるのかな。
······何か、聞きづらい······
言葉を掛けられないまま、ポケットに入れる。
懐中電灯の明かりがないと、本当に真っ暗。
ここに引っ越してくるまでは、
街灯あるのが当たり前だと思ってた。
夜のあぜ道を歩くことが、まさか
もう叶うなんて。しかも、唱磨くんと。
気まずい。何話したらいいんだろ。どうしよ。
······とにかく、遅れないように
付いていかないと。歩くの、早いし。
しばらく歩いていると、
そわそわしていた気持ちが
少し落ち着いてきて、空を見上げた。
いっぱい星が見える。きれい。
「暗くてよく見えんやろうけど、ここら辺
父さんの田んぼ。」
急に彼から言葉が投げられて、
思わず辺りを見渡す。
ちらちらと灯りが当てられるけど、
言われた通り、暗くてよく分からない。
「このビニールハウスで、苗を育てとる。
······あともう少ししたら、田植えやけん。
今年から父さん、助手の仕事で忙しいから
親戚の叔父さん叔母さんが
田んぼの面倒見てくれることになっとる。
勿論合間に、父さんも手伝うけど。
俺も、学校が休みの時手伝う予定。」
······
すごい。手伝うんだ。
「お米、だよね。」
「うん。自給自足程度やから、非売品。
でも近所にお裾分けしてから、
美味しいって評判になって。
今ではそれを、他の知り合いの農家さんと
野菜とか果物とか
引き換えみたいになっとる。結局、
俺たちが食べる量は半年も持たん。」
「そうなんだ······
もらうの、楽しみだなぁ。」
「え。父さんがやるって言ったと?」
「うん。」
「あげすぎなんよ。また、食べれんやん。」
「あははっ。何か、ごめん。」
「いや別に、いいっちゃけどさ。」
何か、こうやって普通に話せるの、嬉しいな。
「······着いた。消すよ。」
「······えっ?」
言われた後、懐中電灯の灯りが消えて
目の前が真っ暗になった。
急に、肝試しが始まったような気になる。
「えっ、ちょ、何で消すの?!」
「用水路の方向、見て。」
「ど、どこ?」
暗くて、よく分かんないよ。
「あっち。」