S2−4
バッハさんのシンフォニア12番。
今まで指摘されたところを
息をするように、弾けるようになった。
弾く度に乱れることなく、安定して。
もう、楽譜を見なくてもいいくらいに。
こうなると、楽しいしかなくなる。
弾いてる最中に先生が止める事も、
なくなった。
そして、シンフォニア6番。
レッスン4回目で、やっと弾き始めた。
8分の9拍って変な感じ。
三拍子みたいに聴こえる。
舞曲的で、ちょっと楽しげ。
「ヘミオラ(ポリリズムの一種)の部分を
丁寧に。ビートを感じて。」
舞踏会で踊るみたいに、優雅で。
ホ長調ってホント、上品というか。
弾いてると、お姫さまになった気分になる。
この曲の面白いところは、34小節目。
突然途切れて、休止する。
気持ちよく踊っていたのに、
あれっ?停電?みたいな。
バッハさん、イタズラがすぎますよって
ツッコミたくなる。
「コーダ、リズムを崩さないように。」
これ、毎回言われるんだよね。
だって、ここで休んじゃうから
どうしても崩れちゃう。で、
崩れたままヤケクソになって終わる。
魔の12小節。ちょっと苦手。
「······うん。シンフォニア12番は、もう
言う事ないよ。君らしさが出とるし、
モノにしとる。でも、
これで終わりということはないけん
これからも弾いてほしい。
発見もあるからね。」
「はいっ」
よしっ。お墨付きもらった。
めっちゃ嬉しい。
「6番の方も、だいぶん良くなったね。
コーダの部分が課題やなぁ。
練習の時に、通して
メトロノームを使ってみようか。」
「······はい。分かりました。」
······メトロノームかぁ。
正確なビートを刻む為にはいいけど、
ロボットみたいになっちゃうんだよね。
それこそ、唱磨くんにダメ出しされた
“機械みたいなんよ”っていう状態に。
だからあまり、使わないようにしてた。
「6番も、コーダが弾けたら言う事ないね。
次に弾きたい曲、あるかな?」
······
「先生。」
この流れに、乗ろう。
浮足立たないように、夏芽は
椅子の端を掴んで申し出る。
「13番を、弾きたいです。」
先生の目が少し、見開いた気がした。
“13番”って、やっぱり、何かある。
「······そう。どうして、
弾きたいって思ったと?」
「······何となく、いいなって
思ったからです。」
唱磨くんが、たまらず部屋から出てきて
自分に会いたくなるくらいの、
13番を弾きたいからです。
なんて、言えるわけがない。
そんな夏芽の本音が通じたかのように、
恭佑の表情は緩んだ。
「何となく、か······了解。練習してきとる?」
「はい。」
「じゃあ、弾いてみよう。」
緊張は勿論、する。
何も起こらないかもしれないけど。
やらないよりは、いい。