表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/99

S1−16


              *




麗らかだった空模様が下り坂になり、

気温も10°C前後と花冷えを迎え、

しとしと雨が二日ほど降り続いた。



春雷がピカッと光って、大きく鳴り響く。



自身の部屋にいた夏芽は、恐怖のあまり

転がるように階段を下りて、

キッチンにいた沙綾の所まで走っていくと

勢いよく、しがみついた。



雷、やだ。きらい。こわい。



涙目で、ぶるぶると震える。



大丈夫。ママがいるじゃない。



怖がる彼女の頭を、優しく撫でながら笑う。




母親の温かさで落ち着くのは、きっと

自分だけじゃない。


ふと、気になったのは、大翔だ。



ここに引っ越してきてから、

トイレお風呂、食べて寝る以外ずっと、

リビングの窓で景色を見ているから。


ママも、自分と同じタイミングで気づいた。



はるくん。



ママが呼んで窓の方へ行くのを、夏芽は

しがみついたまま付いていった。



大翔は、変わらず窓に立って

外を見つめていた。


ずっと、変わらずに。


雨粒しか見えなくても。


ピカッと光って、ドーンと落ちたとしても。


ずっと、そのまま。



これからも、ずっと。



何も、変わらないままなのかな。














              *











天気が回復し、春の陽気が再び訪れる。


桜の開花も進み、見頃を迎えた

三月末の、昼下がり。



開けた窓から吹き込む風が、

勉強机でうつ伏せになっている

夏芽の頬を撫でていく。



彼女は、初レッスンの日の事を

思い出していた。




楽友としての挨拶代わりに聴いた、

バッハのシンフォニア・13番。


短調だから、挨拶としては

暗くて寂しいのではと思っていた。


それが。優しい光に包まれたように。

あたたかく響いた。


あんなに、柔らかく。ふんわりと。

弾けるものなのかな。


全然、下手じゃなかった。

すごく、感動した。拍手を送った。

唱磨くんの方が、ピアノを弾く人に

なったらいいのに。そこまで思った。



聴き終わった後、お互いに

好きな作曲家とか、曲について話した。

クラシックだけじゃなく、今流行りの歌とか

好きなアーティストとか。

ホントに、音楽の話題だけだった。


正直、嬉しかった。


小学生の時どうだったとか、

どんな友だちがいたとか、家族の事とか。

今まで過ごしてきた時間を、相手が

聞いてくる事はなかったから。

純粋に、音楽の事を話せるって、楽しい。


唱磨くんも多分、身の上話は

したくないのだ。

触れられたくない部分なんだ。きっと。



自分たちは、楽友。

普通の友だちとは、違う。


“楽友”って漢字、そのまま。

一緒にいて、楽になる。

それで、いい。

仲良くできそうで、良かった。



的野先生が作ってくれた晩ごはん。

あれ、美味しかったなぁ。

春キャベツと新玉ねぎの、シチュー。

それと、一緒に食べたフランスパンも。


先生、何か嬉しそうだったな。

食事中、先生だけが喋ってたような。


自分たちは、黙々とシチューを食べていた。

めいっぱい音楽の話をしたから、

少し疲れてたのかも。

でも時々、必死に先生が喋ってたのを見て

唱磨くんが笑って返してたのが、

何か良かった。釣られて、笑えた。



的野先生の奥さんが、亡くなったこと。

その事について自分も、聞いていない。

聞くのはダメなんだと、勝手に

ルールを決めた。


自分も。大翔の事は話していない。

リセットして、ここに引っ越したことも。

先生伝いで知ってるかもしれないけど、

唱磨くんは聞いてこない。

彼も、同じルールを決めたのかもしれない。



家に帰ったら、ママは笑顔で迎えてくれた。


先生が連絡してくれただろうけど、

自分からもスマホでメッセージを送っていた。


パパは、ちょっと不機嫌だった。

日曜日だったし、多分、家族団らんの時間を

とられちゃったから。


大翔は、変わらずで。


自分は、というと。

息抜きできて、良かったと思っている。



また。会って、話せるといいな。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ