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S1−15


「······ここって、田舎やろ。」


「······」



否定は、しない。



「周りに、音楽を本格的にやっとる人なんて

 いないんよ。父さんは、特殊で。」



······確かに、それは思う。

ここは、先生の地元っぽいけど······


ママから聞いた話では、教育に関わるくらい

真剣に音楽と向き合っている人。


この場所に、ずっといたとしたら

その道を行くのは難しかったと思う。

きっと、いっぱい苦労して、

回りに回って、ここにいる。



「話が合うヤツ、おらんっちゃんね。」



さっきから、急に、何を言い出すんだろう。


ただ自分は、調律が狂ってたかどうかの答えと

彼のピアノを聴きたいだけの為に、

ここにいるのに。



「小野田は、本格的にピアノすると?」


「えっ······」



さっき、背筋を正してもらったばかりだ。


時間も経たずに、言い切っちゃっていいのか。



答えを待つように、唱磨は

夏芽を見据えている。


それに抵抗できるわけもなく、彼女は

注がれる視線を受け止めるしかなかった。



「······そうだね。

 ピアノ弾く人に、なりたい······かな。」


「······了解。」



何が、了解なのか。


彼が生み出す独特な空気は、まだ慣れない。



「俺と、楽友になってくれん?」


「楽、友······?」


「俺も将来、ピアノに関わる人になりたい。

 でもそれは、弾く人じゃなくて······

 調律する人。」


「······調律師、さん?」


「うん。」



急に語り出したと思ったら、

自分と楽友になりたい、とか、

将来の夢を宣言する、とか······


えっ。一体、どういうこと?



「なりたい人になる為の、同盟。

 ······ダメ、かいな?」


「······」



え、え〜っ??同盟って······??


ダメって言うのも、おかしいじゃん。



「······自分で、よければ······」


「おしっ!」



えっ。そんなに喜ぶ?



嬉しそうにガッツポーズする彼を見て、

彼女は急激に不安になった。



「あ、で、でも、待って。

 答えを聞いたら、

 気が変わっちゃうかも······」


「答え?」


「Aの4番の、調律······」



もし、答えを言ったら。

楽友になりたいっていう気持ちも、同盟も

なくなっちゃうかも。



「正直、分かんなかった。けど、

 このグランドピアノの音色は、

 ホントに、とっても綺麗だった。」


「えっ。それが答えやろ?

 聴き分けたけん、弾いた時

 綺麗に響いたんやろ?

 分かったって事になるやん。」



その言い分に、夏芽は呆然とする。



「きちんと聴いて、決めたんよ。俺。

 小野田と楽友になるって。

 気が変わる事、ないから。よろしく。」



揺るがない笑顔。


掠れた声でも、その意思は強く伝わった。


その熱にあてられ、

全身が熱くなり、鼓動も激しくなる。



「言っとくけん。小野田のピアノに比べたら、

 俺のはヘタクソやから。でも、

 挨拶代わりに聴いてほしい。」




急に、語り出して。


急に、楽友になりたいと言い出して。


急に、将来の夢まで宣言して。


受け入れられて、喜んで。


そして今、挨拶代わりのピアノを奏でる。




戸惑いながら、語りを聞き。


断るなんて、できずに。


できたばかりの将来の夢を、伝えて。


自分でいいのか、不安になりつつも。


挨拶代わりのピアノを、聴き入れる。




交わされた二人の同盟の光は、まだ小さい。


ただ、小さくも。


確かに、灯っていた。








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