S1−11
ピーンポーン。
インターホンを押すと、すぐに返答が来た。
『はい。』
「こんにちは。小野田です。」
『こんにちは。すぐ開けるからね。』
一昨日、恭佑と会って過ごした時間は
短かったが、低く穏やかな声音は
安心感を覚えた。
唱磨くんも、似た声になるんだろうな。
今同じくらいの背も、きっと、
自分より高く······
そう考えて、ざわついた。
別に、そんなのどうでもよくない?
「やぁ、いらっしゃい。」
玄関のドアが開いた先には、恭佑が
にこやかに微笑んで、
迎え入れるように腕を広げている。
いけない。キョドりそうだった。
息を整えて夏芽は、お辞儀をすると
促されるまま中へ入った。
「このスリッパを、どうぞ。」
「あ、はい。」
あ。かわいい。
用意されたスリッパは、お目々ぱっちりの
コアラの顔が付いた、もこもこのやつだった。
······自分用に、
準備したとかじゃないよね?
言われるままにスニーカーを脱いで
履き替え、廊下に上がる。
「あの、苺、ありがとうございました。
家族みんな、瞬殺で食べちゃいました。」
「ははっ!良かった!是非、あの美味しさを
知ってもらいたくて!
僕の、知り合いの農家さんが
作っとるやつなんやけど······唱磨が、あんなに
真剣に選んでくるとは思わんくて。」
困り気味で言ってる割には、
少し嬉しそう。
「農協で売ってるって聞いたので、ママが
早速買いに行ってました。」
「何か、回しもんみたいになっちゃったね。」
でも、唱磨くんが選んだやつくらいの
大きさと甘さとジューシーさを持つ苺は、
手に入らなかったらしい。
グランドピアノが置かれている部屋へ
先に恭佑が入り、続くように夏芽が
足を踏み入れた時だった。
「昨日、わざわざお礼を言いに
来てくれたって、唱磨から聞いたよ。」
「えっ」
「変な事、聞くようだけど······
唱磨は、きちんと部屋から出てきて、
会ってくれた?」
なぜ、そう問いかけたのか。
視線を合わせる恭佑の表情から、
その真意は読み取れない。
夏芽は首を傾げたが、昨日の事を思い出して
出かかっていた言葉を噤む。
彼が部屋から出てきたのは、自分が泣いた事に
慌ててしまったから。多分、
そうじゃなかったら、部屋から出て
下りてこなかったのでは。
何の八つ当たりかは分からないけど、
自分が泣かされた事を、先生は
知っているのか。もし、知らなかったら。
唱磨くんが隠していたら。
先生に、怒られちゃうのでは。
「······はい。
部屋から出て、会ってくれました。」
これで、いいよね。嘘は、言ってない。
「······そう。」
ふ、と、恭佑の表情は柔らかくなる。
「······そうか。
きちんと、出たんやな。」
それは、独り言のように聞こえた。
「ごめんね、変な事を聞いて。
じゃあ、レッスンを始めよう。」
ママの言葉を思い出した。
“「唱磨くん、最近一人で
部屋にいる事が多いって聞いているわ。」”
それって、いつからだろう。
卒業してから、なのかな。




