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「なっちゃん。はるくん。
荷物が届くまで、軽くお掃除しよっか。」
「えーっ。もう疲れたよー。」
ここに来るだけで、めっちゃ疲れた。
東京から福岡まで、飛行機で約二時間。
慣れない空路の上に、電車は二回乗り換え。
二両編成のそれは、上り下りの線路が一本。
なので、各駅一時間に約三本が限度の
信じられないアクセスの悪さ。
待たされた挙句、乗り心地は最悪。
手すりとか吊り革を掴まないと、
端まで転がりそうなくらい揺らされて。
必要最小限の荷物を、リュックに
背負っていたのもある。
疲れないなんて、あるわけがない。
家に上がって真っ先に
窓へ向かった大翔は、何も言わない。
窓から見える景色を、じっと眺めている。
大翔は、自分の三歳下。
身長は、自分の肩くらい。
耳元で切り揃えられた
ツヤツヤな髪が、自分はお気に入りだ。
大翔が元気に喋ってるのって、
あの時から見ていない。
喋ってるのさえ、見ていない。
どんな声だったのかも、忘れかけている。
笑顔だって。ずっと、無表情のまま。
······
これに慣れてしまった自分って、
怖いかも。どうかと思う。
「すぐに済ませて、ご飯にしよう。
だからもうちょっと頑張ろうか。ね?」
申し訳なさそうに笑いながら、
両手に持っていた手提げ袋を床に置いて
秀一は言った。
パパは、大手食品メーカーの会社員。
詳しい仕事内容は気にしたことがないから
分からないけど、
課長という役職だったと思う。
東京にいる方が、きっと良かったはず。
でも、家族を優先した。
正直、複雑。
パパは、東京に残っていても
良かったんじゃない?リモートでも、
仕事できるんじゃないの?
なんて、それは言わない。
「はーい。」
夏芽は、気のない返事をして
背負っていたリュックを下ろした。
「思ったよりも広いね。」
「そうね。庭も広いし、素敵だわ。」
新居は、社宅らしい。
内装は画像でしか見ていなかったので
実際目にすると、想像以上に広い。
天井が高くて、開放感もある。
綺麗なフローリング、大きな窓、
立派な庭······
「二階、見てきてもいい?」
「ええ。ついでに、掃除してきなさい。」
重要なのは、自分の部屋。
夏芽は疲れを吹き飛ばすように、
階段を駆け上がる。
ドアが三つあった。廊下を挟んで、
一つ側は両親の部屋。
二つ並んで奥は大翔。
手前が自分の部屋、になる予定。こっちだ。
期待を込めて、ガチャンとドアノブを捻る。
「うわ······」
これは、落胆の声ではない。
彼女は、目を輝かせている。
思っていたよりも、広い。明るい。
ここにあれを置こう、こうしよう、
頭の中で色々、レイアウトを決めていた。
想像以上に、良くなりそう。
窓から見える景色は、山々と田んぼ。
そして、ポツンポツンと建つ一軒家。
ゆったり、のんびり、余裕がある。
お隣さん家の壁しか見えなくて
殺風景だったのとは違う。
「やばっ」
テンションが上がった。
まだ、ベッドしか置かれていないけど。
自分の城は、居心地いいこと間違いない。