S1−8
「······悪かった。ごめん。」
「······えっ······?」
まだ何か言われると身構えていたが、
謝られるのは予想外だった。
恐る恐る瞼を上げて視線を向けると、
唱磨は申し訳なさそうに、頭を深々と下げる。
「······ひどいこと、言っちまった。
完全に、八つ当たりだ。
ホントに、ごめん。」
······八つ当たり······?
「あんだけ弾けるの、すごいと思う。」
······さっきと、言ってることが違う、けど。
「······ごめん。
許してもらえんかもしれんけど······」
「······もう、いいよ。」
「ホントに、ごめん······」
ひたすら謝る彼を見ていると、
傷口から流れる血を
でっかい絆創膏で必死に貼って
止められている感覚になった。
いっぱい、謝ってる。
自分と、同じだ。
自分も心の中で、いつも何かに謝ってる。
なんだか急に、親近感が湧いた。
ぐすっ、と鼻を啜って、夏芽は笑う。
「もういいって。
自分がポンコツなのは、知ってるから。」
「いや、違うって······」
完全に、困り果てている。
思ったよりも彼は、優しいのかもしれない。
人見知りの壁を壊すには、十分だった。
「橋本先生に教わったのは、
ひたすら指の練習と練習曲、かな······
指の力が弱いって、いつも言われてて。
あ。ソナチネとかソナタは、弾いてたよ。
······大きな曲に取り掛かる前に、
引っ越しが決まって。」
涙を止め、落ち着いて語る彼女に
安堵したのか、唱磨は小さく息をつく。
「······そっか。」
「的野くんは、
橋本先生と会ったことはあるの?」
「あぁ。最近は、会っとらんけど。
先生が仕事で福岡に来とった時は、この家に
いつも寄っとった。その時に、
ピアノを見てもらうことがあって······」
そこで、言葉が止まる。
代わりに、眼差しが真っ直ぐ向けられた。
何故止まったのか分からず、見据えられて、
夏芽は只々、それを受け止める。
改めるように小さく息をついた後、
彼は言葉を紡いだ。
「······ごめん。
そんなに、気にするとは思わんかった。
狂っとるっていっても······その、
小野田のピアノが、どうとかじゃない。
さっき言ったのは、完全に俺が悪くて。」
また、謝罪の言葉が。
今度は包帯を、ぐるぐる巻きにされた気分。
ここまでされると、息が詰まる。
「ホントに、もういいよ。
それよりも、八つ当たりって、何に?」
「······こっちの話。」
それは、教えてくれないんだ。
「じゃあ、狂ってるって、何が?」
「······調律。」
「調律······?」
「微妙に。」
「えっ。でも······調律は、
引っ越す前に、してるよ?」
自分の耳には、
調律が狂ってる様には聞こえない。