S1−7
「······苺、美味しかった。ありがとう。
どこで、買ったの?」
何とか、吐き出せた。
立っていられないくらい、足が震えている。
声も震えそうになったけど、堪えた。
必死に振り絞った言葉は、
届いたのかどうか分からない。
彼の視線が、こちらを向かなかったからだ。
「······」
逃げたい気持ちを抑えて、さらに声を掛ける。
「······ママがね、知りたいって。」
「······
父さんの知り合いのビニールハウスで、
特別に摘ませてもらったやつやけん。
普通は、農協で売っとる。」
「······そ、そうなんだ〜······」
良かった。返事きた。
目は、こっち向かないけど。
じゃあホントに、特別な苺だったんだ。
「橋本先生から、
どこまで教えてもらっとった?」
急に、質問が降ってくる。
同時に真っ直ぐな視線も、再び向けられた。
身体が固まって、動けない。
ただ、有難い事に
口は開く事ができた。
「えっ······?どこまでって······」
「本当に、教わっとった?」
何か、怒ってる風に聞こえるのは、
気のせいかな。
「お前のピアノ、機械みたいなんよ。」
「······き······」
「魂が、こもっとらんっていうか。」
······えっ。
これ、もしかして、ダメ出しされてる?
「狂っとるのも分からんまま、
よく弾けるよな。
聴いてて、気持ち悪かった。」
「······っ」
“狂っとる。”
その言葉で、何かが弾けた。
「狂ってるって、何が?」
「分からんっちゃろ?」
「だから」
あぁ。見上げてるから、首が痛い。
「ちょっと、下りてきて説明して。
分からんもんは分からないの。
聴いてて、気持ち悪かった?へぇ。
聴いてくれてたんだ。ありがとう。
下手くそなピアノだってことくらいは、
自分でも分かってんの。
橋本先生に申し訳ないと思ってんの。
でもさ、なんでそんな偉そうに言うの?
自分の、何が分かんの?······
分かるんでしょ?教えてよ。
言われて分かんないから、お陰でずっと
モヤモヤしっぱなしなんだから!」
視界が、ぼやける。
ポロッと、涙が零れた。
ズキズキする。容赦なく、突き刺されて。
唱磨の、大きく目を見開く顔が映り込んだ。
何に驚いたのか、分からない。
そして、彼の姿が窓から消えた。
素直に従って、下りてきているのか。
そうじゃなかったら、もうこのまま
気まずくなってしまうのか。
ママに、何て言おう。
仲良くできなかった。ごめんなさい。
自分には無理でした。あぁ、でも
苺の在処は聞けたよ。安心して。
······
的野先生に、何て言おう。
お宅の息子さんから嫌われているようです。
理由はよく分かりませんが、
気に入らないっぽいです。
······
色々考えながら
溢れて止まらない涙を拭っていると、
バタン、と玄関のドアが開いた。
びくん、と、夏芽は身体を強張らせる。
まだ、言い足りないのか。
そう思い、こっちに真っ直ぐ向かってくる彼を
まともに見据える事ができず、
ぎゅっと目を閉じて俯いた。