S1−5
「この苺、甘くてすっごく美味しいっ!」
「ホントだな!しかも、こんなに大きくて!
······これ、かなりの上等品だぞっ?
タダでもらって良かったのか?」
「そ、そうよね······」
二人とも、もう苺食べてんの?
「唱磨くん、とってもいい子ね。
わざわざ届けに来てくれるなんて。」
的野先生に言われたからじゃないの?
届けに行けって。
······
苺選びに没頭しちゃったなんて······
嘘っぽいけど。
「僕も挨拶したかったなぁ。」
「いいのよ。あなたは。」
「えっ。なぜだ?」
······あぁ。もう。気になる。
一体、Aの4番の、何が狂ってるっての?
「夏芽。あなた暇でしょう?
昨日のお礼を言いに行きなさい。」
「······
······えーっ?!」
なんで、そんなことになんの?!
「何なら、ピアノの話でもしたらいいわ。
唱磨くんも、ピアノ弾くみたいだから。」
「いや、でも······」
そんな、だからといって、
昨日の今日で、話せるわけがない。
「こんなすごい苺、
なかなかお目にかかれないわよ。
私たちの為に吟味してくれて······
きっと、仲良くなろうとしてくれたのよ。」
ママ。ポジティブすぎ。
多分、そんなんじゃないってば。
「お買い物行くんでしょ?
自転車選ばなきゃでしょ?
自分も付いてく。」
「勿論よ。だけど、
お昼から行こうと思っているから。
余裕で間に合うわ。」
いや、だけど。
「友だちと遊びに出掛けて、いないかも。」
「唱磨くん、最近一人で
部屋にいる事が多いって聞いているわ。」
そんなの、いつ聞いたの?
「この苺の在処を聞いてもらいたいな。
家族全員、苺大好きでしょう?
また食べたいでしょう?
大事なミッションだわ。」
ふと、夏芽は大翔に目を向けた。
正確には、苺が乗っていたプレートだ。
驚いた。結構大きかったのに。
いつの間にか、綺麗に食べ終わっている。
「おい······何も、
無理に行かせなくても······」
「秀一さんは黙ってて。」
「······はい。」
あ。パパ。かわいそう。
「何でもいいのよ。共通している話題があれば
打ち解けちゃうわ。あなたたちの年代なら、
それができるから。」
······
共通している、話題。
“······Aの4番が、狂っとる”。
······
確かに、このまま、
モヤモヤして過ごすのは、嫌かも。
「······分かった。行ってくる。」
「ふふっ。ついでにママからもお礼、
言っておいてね。」
謎を解く為だ。
ママに言い負かされたわけじゃない。
夏芽の双眸に映る、真っ赤な果実。
そっと一つ、手に取る。
手の中に収まりきれないくらい
大きなそれを、じっと見つめた後
一噛みした。
すぐに、口の中が水浸しになる。
甘い。全然、酸っぱくない。
溢れ出そうな果汁を
口の端から零さないように、
ごくん、と飲み込む。
なにこれ。ジュースじゃん。
無心で頬張り、喉を潤し、気づけば
苺は無くなっていた。
さっきまであった存在感が、名残惜しい。
「······これ、また食べたい。」
ぽつりと呟くと、沙綾は微笑んだ。
溜め息をつく。
苺が美味しすぎてなのか。
会いにいくのが憂鬱なのか。
彼女自身、理解していない。
今、分かるのは。
自分が弾いていたピアノを、彼は聴いていた。
それで、生まれた。
“Aの4番が、狂っている”という言葉が。