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S4−30


言わなくても。聞かなくても。


次に、自分がすることは。



恭佑と彼女と向かい合う、

ソファーへではなく。


既に屋根が開けられたグランドピアノの、

ピアノ椅子へと歩いていく。


それを見届けると唱磨は、二人のいる所へ

腰を下ろした。



トートバッグをピアノ椅子下の傍らに置いて、

とある楽譜を取り出す。


橋本先生からもらった、

バッハのインベンションとシンフォニア。


半年前は、まだ真新しく。

開いても、固定するものが必要だった。


今では。どこを開いても、止まる。



「楽譜は必要?」



その質問は、試されているように聞こえた。


迷わず、答える。



「必要です。」



暗記していたとしても。


譜を辿ることは、作り手と対話することと

同じだから。



「じゃあ一曲、弾いてくださる?」



弾こうとしているのに、おかしな質問だ。


でも、橋本先生が言うと、意味を持つ。



「はい。」



開いて譜面台に置いた、その一曲は。


自分の大好きな、イ長調のシンフォニア。




好きだなぁと思って

ただ弾いていた、最初の頃と。


呼吸をするように毎日辿って、

目をつぶっていても弾ける、今では。


多分、自分でも分かるくらいに違う。



楽しくて、つい。笑いたくなる。


大好きすぎて。ホント、明るくて。



ごめんなさい。楽しんじゃって。


でも、本気なんです。


ピアノに対する気持ちは。



僅か数分で終わってしまう曲もあれば、

長い曲もあるけど。


それを弾いたところで、自分の全てを

分かってもらえるわけがない。


パパママだって、分からないんだもん。

誰にも、自分の100%なんて分からない。

伝わらない。


だから、少しだけ。

大好きな気持ちが伝われば。


聴いてくれた人が、幸せになれたら。


それで、十分じゃないかと思ってる。







弾んでいる音色に。


ふ、と彼女の口端が上がった。



それに気づいた恭佑は、頬を緩め。


全開で弾く楽友の姿に、唱磨も笑顔になった。





力が弱かったのは、

ミスタッチに怯えていたから。


人間だもん。ミスは、するでしょ。


楽譜にない音が出ちゃったって。

それも気にさせないくらい、楽しめばいい。

楽しませればいい。


それが、できたらいい。


そう思って毎日弾いていたら、不思議と

ミスタッチがなくなった。



的野先生が教えてくれた、脱力。

もしかして、このことなのかなって。


何となく、乗り越えたような気がして。

弾けば弾くほど、楽しくなっていった。





弾き終わった夏芽は、小さく息をついて

ゆっくり両手を膝上に置いた。



みんなの反応を確かめられるほど、

まだ余裕がない。


でも。楽しめた。いつも通りだった。




「······もう一曲、聴こうかしら。」



橋本先生の、声の感じは変わらない。


でも、これは。リクエストだと思おう。



次に取り出した楽譜は、

ショパンのノクターン。


インベンションとシンフォニアの楽譜と

比べたら、まだまだ開けていない所がある。


でも、4番のヘ長調の部分だけは、

すぐに開けた。





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