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S4−24


ふわりと風が生じて。


薔薇の香りが、夏芽の元へ届いた。



あまりにも自然で、違和感なく。


彼女が、大翔の前に歩み寄って

しゃがみ込む事など。


誰一人、止めることはできなかった。



「初めまして。大翔さん。

 私と一緒に、

 ラーメン食べに行きましょう。」



見知らぬ者が話し掛けてしまうと。

パニックを起こして逃げ出してしまう、と。


そんな注意事項を告げる間もなく、

見守るしかない状態になった。



じっと、大翔は彼女を見据える。


逃げる様子はなかった。


ただ、その大きな瞳に

彼女の笑顔を映している。



しばらくして、彼は席から腰を上げた。


相変わらず表情には何も浮かんでいないが、

彼女から離れる素振りも

パニックを起こす気配もない。


その事に、夏芽たちは驚いた。



もしかしたら、演奏を通じて。

先生の事を、認識したのかもしれない。



しかし、差し伸べた彼女の手は握らず、

夏芽に寄り添う。

それに対して、気分を害するどころか

柔らかい笑みを浮かべた。



「あら。フラれてしまったわね。」



いや、先生。すごいです。


大翔が逃げなかったの、初めてです。



「あなたたちも、無理に

 誘ってしまったかしら?」


「い、いえ!何を食べようか

 決めていませんでしたので!」


「行きつけの所があるのよ。

 そこでいいかしら?」


「は、はい!構いません!」


「ふふっ。ありがとう。」



パパママたちは、きっと

ラーメンを食べに行こうとは

思っていなかったはず。


自分も、だけど。



「前に行ったとこやろ?

 ばりばり美味かったっちゃんね~」


「もう事前に連絡して、席取ってるわ。」


「ははっ。流石です。」



えっ。事前に予約?


······自分たちが断る選択肢は、

なかったのかも。



まぁ、でも。

ラーメンは好き。美味しいもんね。


唱磨くんたちもお墨付きの

お店みたいだし。楽しみかも。




夏芽の、彼女に対する緊張と恐怖は

少しずつ緩和していった。


まだピアノの話に、

触れていないせいもある。


笑顔の彼女を、こんなに間近で

長く目にしたことはなかった。



力強く、花が開くように笑う橋本先生は。

とても綺麗で、とても明るい。


その一面を知っていたら。


少しは、違う風になっていたのかな。










大輪の一本が、増えただけで。


車内の空気と彩りが、大きく変わった。



彼女は、恭佑と唱磨の間に鎮座し。

二人と会話を弾ませていた。


後ろから感じる妙な圧に、夏芽は

少し緊張しながらも耳を傾け。


沙綾と秀一は、どこか

落ち着きを失っていた。



唯一、大翔だけは変わらず

巡る車窓の景色を眺めていた。



だが、明らかに変化が訪れている。




流れていく街灯を、刻むように目で追い。


記憶に残る旋律が、身体中に響き渡り。


時々、身体を揺らしながら。


ガラスに置いた指を、弾いていた。







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