S4−23
さっき的野先生から、
“大のラーメン好き”とは聞いていた。
でも。この流れで、ラーメン食べに行こうって
誘われるなんて。
夏芽と同じ気持ちだったのか、沙綾と秀一は
目を丸くして戸惑っている。
その中で、恭佑と唱磨だけは予想していたのか
“出たっ”と言わんばかりに笑っていた。
「先生っ!駄目ですっ!この後は、
大事な打ち合わせがっ······!」
「コンサート後に、仕事なんてできないわ。
後日にしてちょうだい。」
明らかに慌てている秘書の様子に構わず、
彼女は容赦なく切り捨てる。
「これ以上、引き延ばせませんっ!
スケジュール的にもっ······」
「ここでラーメン食べられなかったら、
私は旅に出るから。行く先なんて、
教えないわよ?」
聞き様によっては、
とんでもない理由である。
夏芽たちは何も言えず、ただ呆然と
見守るしかない状況だった。
「それだけはっ······どうかっ······
どうか、お願いしますっ······」
秘書は、もう半泣きどころか
本格的に泣きそうだった。
「沙綾さん。今日は、
どのようなアクセスでいらっしゃったの?」
急に聞かれて、沙綾は慌てて答える。
「しゅ、主人の車です。的野先生たちも
一緒に、乗せて······」
「6人一緒に?大きめな車なのね。
それなら、あと一人増えても
問題ないかしら?」
えっ?
は、橋本先生が、パパの車に?
「は、8人乗りですから······
大丈夫とは、思いますが······」
「まぁ、素敵。では、乗せてくださる?」
「は、はい······」
次々に、事が進んでいく。
“自由気まま”。
確かに、この様子だと。
付いていける人なんて、
いないのかもしれない。
この格好で、ラーメン食べるの······?
しかも、橋本先生と······?
言葉を失って涙目になっている秘書へ
目を向けて彼女は、にっこり微笑む。
「あなたも一緒にどう?
勿論、私がご馳走するわ。」
「······結構、です······」
「あら、そう。では明日の朝、
迎えに来てちょうだい。」
「······はい······」
力無く頭を下げ、秘書は肩を落として
ホールから去っていく。
その後ろ姿は、哀れとしか思えない。
「······このままだと、あの秘書さん
辞めてしまいますよ?」
苦笑いして告げる恭佑に対し、彼女は
小さくため息をついた。
「今後の利益の為だとかいって、
気が進まない案件を入れられたのよ。
あのクライアントの方針、嫌いなのに。
······気が合う秘書に、巡り合いたいわ。」
その理由を聞いて。
彼女に対する見方が、少し変わった。
橋本先生は。
ただの、“自由気まま”な人ではない。
「はっきり、断ればいいやんか。」
「そうもいかないのよ。
······本当に、面倒だわ。
大人の事情というものは。」
唱磨くんの意見に、自分は賛成だけど。
大人になったら、そういうのも
上手く付き合わないといけないのだろうか。




