S4−22
気づけば、ホール内には
自分たちだけしか残っていなかった。
広い空間に漂う、静けさ。
それに特別感を覚えながら、
彼女が訪れるのを待つ。
コンサートの余韻に浸るには。
十分すぎる時間だった。
主を失い佇む、グランドピアノを見つめる。
きぃ、と扉が開く音がした。
皆、それに反応して目を向けると、
軽快な足取りで下りてくる女性がいた。
その後ろから、先程の秘書が
付いてきている。
自然と、迎えるように立ち上がった。
ただ、大翔だけは。
何が起こったのか気にせずに、
両足をプラプラさせて座り続けている。
燃えるような、真っ赤なドレスに
身を包んでいた彼女が。
普通の、カジュアルな服で現れたので
別人のように見えた。
レッスン時、いつも彼女は
白シャツに黒いロングスカートを着ていた。
夏芽が記憶していた彼女の中には、
存在しない姿である。
「お待たせして、申し訳ありません。
今日は私のコンサートに
足を運んでくださり、本当に
ありがとうございました。」
しっかりと紡ぎ、
綺麗なお辞儀をする彼女に釣られて、
沙綾と秀一は深々と頭を下げた。
「いえいえ!こちらこそご招待くださり、
感謝いたします!とても素晴らしかった!」
「本当に、素敵な演奏でした。
感謝してもしきれません。
初めまして。日頃、
大変お世話になっております。
夏芽の父の、小野田 秀一と申します。」
「ありがとうございます。
お会いできて光栄です。」
彼女の視線が、こちらへ向いた。
怯えそうになる気持ちを抑えて、夏芽は
綺麗に背筋を伸ばし、会釈をする。
すると、ふわりと綻んで
優しい眼差しに変わった。
「見違えたわ。とても綺麗になって。
素敵な恋をしているのね。」
そんな言葉が返ってくるとは思わず。
予想を、遥かに上回ってしまって
一気に顔が赤く染まる。
「そっ、そんなことはっ」
「ふふっ。先生にはお見通しですね。」
ママっ。
「とても良い事よ。」
当然の流れというように。
彼女は唱磨に目を向けて、くすっと笑った。
「一丁前に、スーツなんて着て。
全く似合わないわね。」
まさかの失言に。
三人は凍りついたが、言われた本人だけは
屈託のない笑みを浮かべる。
「しょうがないやろ。場が場なんやし。」
「······あら。声変わりしたのね。
背も、少し伸びたわ。」
「少しは、成長しとるっちゃけん。」
「本当に、少しだけね。」
「そんな、急に変わらん。」
親しげな、言葉のやり取りに。
ぽかんと、三人は見守る。
「先生。お久しぶりです。」
「恭佑。今夜、泊まりに行くわよ。
よろしくね。」
「はい。」
恭佑との、やり取りでも。
短い言葉に、親しげな様子が窺える。
「さぁ。みんなで、
ラーメンでも食べに行きましょう。
お腹空いているわよね?」




