S4−20
創作ピアノ曲に移ってからも、
力強くもあり繊細な調べは
聴く者たちの心を躍らせ、浸らせた。
車内で、コンサート前の心構えとして聴いた
『躍動』は、少しアレンジされていて
何倍も輝きを増していた。
生まれたての、産声を上げる赤子のように。
コンサートだけの、アレンジだろうな。
作曲できるって、ホントにすごい。
何もないところから譜面を起こして、
音を完成させるって。
どうやったら、頭に浮かぶんだろう。
全ての演奏が終わると、皆その場から
立ち上がり拍手を送った。
鳴り止む気配なく、彼女は何度も
ステージに戻っては
深々とお辞儀をして応える。
夏芽は、沙綾から事前に
花束を贈呈している事を聞かされていた。
自分たちだけではなく、きっと
たくさんの人たちが
先生へ贈っているだろうな。
ステージ上でコンサルタントから
幾つもの花束が手渡しされ、彼女は
喜びの笑みを浮かべて
観客席の方へ向き直る。
頭を下げる度に、拍手の波が押し寄せた。
《本日は会場へ足をお運びくださり、
誠に有難うございました。
以上を持ちまして、
橋本 絵美ピアノソロコンサートは
終了させていただきます。
足元に気をつけて、お帰りください。》
終わりを知らせるアナウンスが響き、
名残惜しさを帯びつつ拍手が止む。
夏芽たちも例外ではなく、
帰る支度をするどころか再び席へ腰を下ろして
ため息をついた。
めっちゃ、すごかった。ヤバかった。
「······聴き足りんな。」
ぼそっと隣から、唱磨の呟きが届いて
同意するように頷く。
「あっという間だったね······」
帰路につく人波のざわつきで、ようやく
現実に戻っていく。
それが、とても切ない。
「素晴らしかったわ······」
「本当に。帰りたくないなぁ······」
ようやく沙綾と秀一が言葉を発して、
恭佑は満面の笑みで返す。
「そうなんです。コンサートが終わったら、
いつもこんな感じになります。」
大翔も、席から動こうとしなかった。
帰る人でいっぱいだから、というのも
あるかもしれないけど。
「すごかったね。はる。」
頭を撫でても、反応がない。
でも、きっと、自分たちと同じ気持ちだ。
「あぁ、良かった!すみません!
小野田ご家族様と、
的野ご家族様ですよね?」
皆が入り口に向かう流れから逆行して、
スーツを身に纏った一人の女性が
夏芽たちの元へ歩いてきた。
「初めまして。私は、
橋本 絵美の秘書を務める者で······
倉掛 奈緒子と申します。」
丁寧に頭を下げて名刺を差し出した
その人物に、誰も知らない様子で。
戸惑いがありつつ、秀一が代表して
立ち上がり、会釈をすると名刺を受け取った。
それに倣い、沙綾と恭佑も立ち上がる。
「どうか、しばらくそのまま席で
お待ちいただけませんか?
橋本先生が、皆様にお会いしたいと
仰っておりまして。」




