S4−19
“弾きたいと思ったら、弾けばいいんよ。”
前に言われた彼の言葉が、
奏でられる32分音符に呼び起こされる。
“技術は1日1日磨かれて、変わるやろ?
解釈だって、本人じゃない限り
誰が正解なんて言えん。
どこか良いか悪いかなんて、
弾かんと分からんやんか。
だからその時その時で、
ベストを尽くせばよかったい。”
時々、唱磨くんは
理解に苦しむ事を言う。
でも。考え方は、自分よりも
ポジティブなのは、言うまでもなく。
そのくらいの勢いで、いいんだよね。
自分に足りないのは、冒険心。
知らない場所に踏み込める、勇者になれたら。
自分の師匠は、それこそレジェンド級だよね。
楽友は、最強の魔法使い。
的野先生は僧侶っぽいけど、癒しの勇者。
見習うには、いい環境すぎる。
コンサート、呼んでもらえてよかった。
発見が、めっちゃある。勉強できることも。
ちょっと前の自分なら、こんな風には
思わなかった。思えなかった。
ピアノと、向き合えていなかったから。
ありがとう。先生。
厳しくて怖くて。才能ないから、
嫌われてるんだって思い込んでいて。
今でもまだ、まともに顔を合わせるのは
緊張する。逃げたくなる。
でも、見方を変えたら。
先生は、自分の何倍も努力していて。
この舞台に立てているのは、
才能という花を育てて、開花させたから。
真っ赤なバラみたいに。
練習することは、自信に繋がる。
大事にしなさいって。
教えてくれていたんだ。
ショパン ポロネーズ第6番。変イ長調。
冒頭の音色が響いた瞬間、皆の心が
浮き立ったように思える。
通称『英雄』。
数多のピアニストが
親しみを籠めて綴る、この曲は。
ショパンの、最高傑作の一つである。
様々なレベルの演奏技術が必要なので、
弾けるという事は憧れる。夏芽にとっても、
最終的に目指す未開地だった。
一音たりとも、取りこぼしのないように。
全神経を、研ぎ澄まして。
6分少しの刻みを。
吸収するように、受け入れた。
弾いてみよう。ポロネーズ。
聴かせるようになるには、
まだまだ遠いかもしれないけど。
1日1日、磨いて。ベストを尽くせば。
いつか。きっと。
皆に惜しまれつつ、
最後のポロネーズを迎える。
ショパン ポロネーズ第7番。変イ長調。
通称『幻想』と呼ばれるこの曲は、
形式を持たず即興演奏に近い為、聴き手が
予測不能に陥る調べが続く。
多種多様な要素は、一種のジャズを思わせる。
完奏するのに約13分かかる大曲なので、
演奏技術は勿論、体力と集中力が必須になる。
終始乱れることなく。
大輪の真っ赤な薔薇は、ステージ上で
その輝きを放ち、皆に感動と歓喜を与えた。
咲き続けるのは、一瞬だとしても。
目にした者は、その美しさを忘れない。
深く。刻まれる。




