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S4−18


Valse No.7 嬰ハ短調。


鳴り響いた時、唱磨は目を見開いた。



これは。俺に、向けられている。




ごきげんよう。生意気で、礼儀知らずの坊や。

相変わらずかしら。


私に、あれを弾けだの即興で曲を作れとか

怖がらず遠慮なしに言うのは、

あなただけ。息子、孫がいたら、

あなたみたいになるのかしら。


どうか、そのままでいてちょうだい。


独り身だけど、あなたがいれば

母親になった気分でいられるの。

しょうがない子ね、って。

笑うことができる。


いつまでも、困らせてちょうだいな。




可笑しそうに笑う、彼の横顔を見て。


夏芽もまた、彼が一番好きなワルツだと

知っていたので、嬉しくて笑った。



自由な速度の揺れが、この曲の特徴。

続く、細やかで優雅なステップ。



素敵。橋本先生の、ワルツ第7番。

ここまで弾けたら、

唱磨くんも喜ぶだろうな。


実は密かに練習していて、

弾けるようにはなったけど。

彼の前で、披露するのが怖い。


まだまだ、練習しないと。

納得いくまで。ううん。この、

橋本先生の第7番くらいまで。

······超えるまで、っていうのは

ちょっと違う気がする。


納得がいく、第7番になるまで。




豪華な舞踏会のように始まり、

しっとり静かに幕を下ろしたワルツは、

聴く者たちを和ませて頬を緩ませた。


大きな拍手の波紋が、

ホールいっぱいに広がる。


ピアノ椅子から立ち上がり、

拍手喝采に応える彼女の額には、汗が光る。


そして、ギラつく双眸が

最前列に座る夏芽たちに向いた。


一瞬怯えそうになったが、

笑顔溢れた彼女を目の当たりにして

微笑み、会釈をする。



そういえば。

橋本先生の、全開の笑顔って初めてかも。


レッスンの時の、何も浮かべない

無表情しか知らない。





彼女がピアノ椅子に戻ると、再び

静寂が訪れた。



譜面台に楽譜はなく、

ハンドタオルが置かれている。


それを手に取り、彼女は汗を拭った。


観客席から見えづらい位置に

丸いテーブルが設置されており、その上には

水のペットボトルがある。


それを少し含み、喉を潤した。



息を整える一連の動作さえ、

コンサートの一環というように。


皆、期待して注目する。



彼女が、見上げる先には。


至極のポロネーズが、映っている。







ショパン ポロネーズ第1番。嬰ハ短調。


有名な、第3番が来ると思っていた。

その裏切りは、夏芽にとって嬉しい以外

何ものでもない。



嬰ハ短調と異名同音の、変ニ長調。

同じ音が主音なのに、

対照的な印象をもたらす。


この調整関係が、とても大好きだった。


それは、唱磨くんも同じで。

彼が、嬰ハ短調が好きな理由は、

そこから来ている。



ポロネーズを弾きたいと思うには、まだ

自分の技術も経験も歴史背景の勉強も

足りなさすぎて。

壁というか。身分違いというか。


踏み込んではいけないと、抑えていた。




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