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S1−1


初レッスンは、明後日の午後3時から一時間。

入学する前なので要望に合わせられているが、次回以降は恭佑が時間を

提示する事になっている。


夏芽自身、自由気ままに過ごせるのは

あと僅かだった。




引っ越し準備で忙しいのを理由に、約三日間

鍵盤に触れていない。

一日でも欠かしてしまうと、指が思うように

動かなくなるそうだ。

でも自分には、その自覚がない。


······あぁ。そっか。

気づく領域に達していないのか。

そうだろうな、きっと。

ミリ単位で動かないなんて、

意識したことがない。



“指の練習を、毎日きちんと欠かさないこと。”



橋本先生に、厳しく言われていたのに。


ごめんなさい。三日、サボりました。

三日なんて、サボったことないのに。




夏芽は、鍵盤蓋を上げる。

譜面台を立てて、二冊のテキストを置いた。

弾き終わった後いつも、鍵盤をクロスで

綺麗に拭いているが、

何となく軽く拭き上げる。

ルーティーンみたいなものだ。



スケール。アルペジオ。カデンツ。

規則正しく、感情なく並ぶ音符たち。

ただ弾くだけ。指が動くように。

習い始めてから今までずっと、その時間を

儀式だと思いながら過ごしていた。


でも今では少し、考え方が変わっている。


朝の洗顔と歯磨き。

やらないと、気持ち悪い。それと同じ。

そう思うようになった。




あれ?と思う。


重い。思うように動かない。


······そっか。三日サボるのって、

やっぱりダメのか。


橋本先生の、呆れた顔が浮かぶ。

ゴメンナサイ。もう欠かしません。



いつもより多めに繰り返して、

一冊目の練習曲に入る。


チェルニー30番。

橋本先生から教わったのは半分までだけど

実はもう、全部弾ける。




パパもママも、

自分がピアノを弾いていても自然体だ。


うるさくないのかな。そう思っているけど、

止めろと言われたことがない。

今もそう。雑誌を読んでいるし、

パッドの画面を眺めている。

普通に、過ごしている。


大翔も、だ。

時々じっと、こっちを見ているけど。

蕎麦を食べ終わった後も、

窓に張り付いて景色を眺めている。

この家に来てから、ずっとそうしている。


大翔の部屋はあるけど、まだ本人は

一歩も踏み入れていない。

リビングの大きな窓が、気に入ったのかも。




ピアノと向き合う時間は、嫌いじゃない。


音色に、耳を傾ける。

ただ純粋に、どう弾けば綺麗に響くのか。

それだけを考えている。



二冊目の練習曲。

バッハのインベンションとシンフォニアだ。


良い練習曲になるからと、橋本先生から

課題として渡されていた。

音楽の父と呼ばれる人の、古い曲。

ざっと全部聴いてみたけど、好きになれそう。


特に気になったのが、シンフォニアの12番。

イ長調の曲。これ、すっごく好き。



右はメロディーですよ〜、

左は伴奏ですよ〜的な教則本のクセはなく。

どっちも、メインディッシュ的な。

指の一本一本をフルに使う。

これはホント、指の練習になる。


インベンションは2声体で、弾く分には

比較的易しい。シンフォニアは、3声体。

メロディー3つを、二本の手で

弾かなければならないので、難易度が上がる。



シンフォニアの6番も気になっている。

ホ長調の曲。とても難しいけど、これ、

弾けるようになりたい。

明るいけど上品で、とても美しい。


自分のイメージだけど、

イ長調は、底なしの明るい陽キャ、

ホ長調は、優雅で高貴な王族だ。


どっちも、自分とは遠い存在。





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