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光の果て  作者: さば缶
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動機を求める人々

 裁判が始まると、町全体が異様な熱を帯びた。

被告・佐伯の「太陽が眩しかったから」という動機は、あまりに理解を超えていた。人々はその言葉の単純さに戸惑い、そして恐れを抱いた。

なぜなら、人は「わからないもの」を恐れるからだ。



弁護士の主張


 弁護士は開廷初日から、佐伯の精神状態に焦点を当てた。


「これは明らかに精神の異常が引き起こした突発的な行動です。正常な判断力を持つ者が、太陽の眩しさを理由に人を撃つでしょうか?」


 弁護士の声は冷静だったが、その言葉の裏には焦りがにじんでいる。

精神鑑定医が呼ばれ、佐伯の心理状態が語られる。


「被告は社会から孤立し、長期間にわたり孤独の中で生活してきた形跡があります。社会的なつながりの希薄さが、自己と外界の関係を歪ませた可能性があるのです」


精神鑑定の医師は、佐伯の幼少期を遡った。


 彼の両親は普通の人々だった。

父親は工場で働き、母親はパートをしながら家庭を支えた。

しかし、その生活には何の色もなかった。

佐伯は一人っ子で、友達もほとんどおらず、学校でも目立つことなくただ存在していただけだ。

ある同級生が法廷で証言する。


「佐伯って、何考えてるかわからなかったんですよ。いつも遠くを見てる感じで、話しかけても返事が薄くて……」


「いじめられていたんですか?」弁護士が問うと、同級生は首を横に振る。


「いじめじゃないんです。誰も興味を持たなかっただけです」



検察側の反論


 検察は真っ向から異議を唱える。


「孤立していようが、社会から切り離されていようが、それは犯罪の免罪符にはなりません! 彼は銃を手にし、構え、撃ったのです。これは計画性を伴う殺人です!」


法廷内には緊張が走る。

しかし、彼らが求める「計画性」や「動機」の存在はどこにも見当たらない。

ただ銃声と太陽の光がそこにあった。


「では、なぜ彼は撃ったのか?」検察官が強く問いかける。


佐伯は被告席から静かに顔を上げ、言った。


「太陽が眩しかったからです」


彼の声には何の感情もなかった。

驚きや反発すら呼ばないその答えが、法廷全体に静寂を落とした。



人々の不毛な議論


裁判は連日ニュースで報じられ、評論家や専門家たちがテレビや新聞で好き勝手に論じ始めた。


社会学者は「現代社会の孤立」を指摘した。


「彼のように孤立した個人は、自己の内側に閉じこもり、他者とのコミュニケーションを喪失していきます。それが意味の不在に耐えられなくなった瞬間、衝動的な行動に走るのです」


心理学者は「光」に象徴される精神的な圧迫を語った。


「太陽の光は無意識の領域に強烈に作用し、無意味な行動の引き金になることがあります。あの時、彼にとって光は耐えがたい何か、彼の存在を脅かすものだったのではないでしょうか」


コメンテーターはしたり顔で結論付ける。


「人間は理由のない行動には耐えられないんですよ。だからこそ、動機を見つけようとする。たとえそれが空虚な議論だとしても、人は理由を付けることで安心するんです」



傍聴人と町の人々


 法廷に足を運ぶ傍聴人の間でも、議論は止まらなかった。


「幼少期の影響だろう。愛情不足だ」

「あれはきっと精神的な病だよ」

「いや、社会が彼をそうさせたんだ」


 理由を探す人々の声は、被害者や佐伯自身から遠ざかるほど大きくなり、抽象的になっていく。

誰もが安心するために、納得のいく答えを探していた。

しかし、何も見つからない。


 その日、法廷を出た佐伯に記者が群がった。一人が叫ぶように問う。


「本当に太陽が眩しかっただけなんですか?」


佐伯は立ち止まり、その声にゆっくりと振り向いた。


「ええ。それ以外に何があるんですか?」


彼の言葉は皮肉でも、挑発でもなかった。

むしろ、その無垢な純粋さが周囲を一層困惑させた。

記者たちは言葉を失い、ただシャッター音だけが響いた。



理由の不在


 人は何か理解できないものに出会うと、それを埋めようとする。

理由を求め、物語を作り、意味を与えることで安心しようとする。

しかし、佐伯の「太陽が眩しかったから」という言葉は、その試みを何度も破壊する。


動機はなく、理由はない。そこにはただ光と引き金があっただけだ。


 佐伯の姿は、彼らにとって鏡のようなものだったのかもしれない。

世界が無意味で、理由がないのだとしたら――人はどう生きていけばいいのか?


 答えはなく、ただ法廷に夏の陽光が射し込んでいた。

光は白く、眩しく、人々の目を刺した。

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